橘玲『幸福の資本論』から天理教人の幸福資本を考えた

「橘玲「幸福の資本論」から天理教人の幸福資産を考えた」アイキャッチ画像天理教

皆さん、こんにちは。
ふらふら彷徨う「さまよい人」です。
「さまよいブログ」へようこそ。

私は、今年(令和4年)2月頃より、岡田斗司夫YouTubeにハマって
「岡田斗司夫YouTube」を視まくっております。

その中で、最近、
(たちばな)(あきら)著『幸福の資本論』を元にして語った
動画を視る機会がありました。
(【UG】友人不要論は正しいのか? 橘玲・著『幸福の「資本」論』をもとに解説!)

【岡田斗司夫YouTube】より

この動画もいろいろ勉強になることが多かったのですが、
とりわけ、動画の中で紹介されていた
橘玲(たちばな あきら)著『幸福の資本論』の本が気になり、
早速、その本を取り寄せて読んでみることに。

その本の内容に、強い刺激を受けました。

あわせて、橘玲著『幸福の資本論』の要約YouTube動画も、
検索して視てみました。
【12分で解説】橘玲「幸福の「資本」論」を世界一わかりやすく要約してみた【本要約】

私は無学な人間で経済学の素養が皆無なのですが、
そんな人間でも分かるように、
丁寧に分かりやすく説明してくれていて、
とても勉強になりました。

と同時に、
橘玲著『幸福の資本論』の本を読んで(要約動画も視て)、
私が縁あって引き寄せられた「天理教文化圏」における
「幸福の資本」というものについても、
いろいろ考えさせられました。

そこで今回は、
岡田斗司夫YouTube経由で知った
橘玲(たちばな あきら)著『幸福の資本論』という本を読んで、
私が感じたことを書きたいと思います。

今回の記事は、
天理教に強い信頼と信念をお持ちの方ではなくて、
私のように、深くのめり込むには至れず、
それでも何かしら魅かれるものを感じて捨て去ることもできない、
中途半端な人間(さまよう人々)へ向けたものになります。

迷い多きお道の皆さま。
ぜひ最後まで読んでいってください。

橘玲『幸福の「資本」論』簡単なまとめ

heart shaped black stone on green grass photo

まず最初に、橘玲著『幸福の「資本」論』の内容紹介から。

冒頭に掲げたYouTubeの要約動画がとても分かりやすいので、
それを視て頂くのが一番いいのですが、
皆さまお忙しいでしょうし、
たとえ簡単でも、
当記事内に私が感じたことを記述するにあたっての
足がかりのような部分があった方が分かりやすいかな、
とも思いまして、
以下、本書の主張の根本的な土台の部分についてだけ、
ごくごく簡単に紹介させて頂きます。

幸福の条件と3つのインフラ

【幸福の条件】

①自由
②自己実現
③共同体=絆

【幸福の条件の3つのインフラ(土台)】

金融資産(不動産を含む財産)➡「自由」を支える
人的資本(働いてお金を稼ぐ力)➡「自己実現」を支える
社会資本(家族や友人等のネットワーク)➡「共同体=絆」を支える

「金融資産」「人的資本」「社会資本」
幸せの土台はこの3つ。

【〔資本〕と〔資産〕の違い】
著者は、
資本=「富を生み出す力」、
●資産=「富を生み出す方法」
として書き分けている。

人的資本と社会資本は実体がないのに対し、
金融資本は実体があり、現象として確認できるものであるところから、
金融資本という言葉ではなく、
あえて金融資産という用語を使用している。

しかし、いずれも富を生み出すものであるということに変わりはなく、
投資し、運用し、生み出された利益を再投資する、
という循環は共通している。

【金融資産】とは
投資、運用して富を得るもの。主に、株式、債権、預金、不動産など。

【人的資本】とは
労働市場で給与や報酬を得るための自らの労働力のこと。
人的資本のすべてを金銭に換算することはできない。

【社会資本】とは
周りの人たちとの関係性から富を得ること。
ここでの「富」は、愛情や友情、影響力などを表す。
金銭に換算することが原理的に不可能なもの。

幸福の3つのインフラと幸福度の関連性

幸福のインフラ(土台)3つを同時に得ることは非常に難しく、ほぼ不可能。
しかし、どれか1つの資本しか持っていないとなれば危うい。
2つ以上の幸福資本があれば幸福度がアップする。

基本的には、2つ揃えば十分人生は幸福。
一方、3本の柱のうち1つだけの人生は、とても寂しいものになる。
なので、まずは、2つを充実させることを目指すべき。

幸福インフラに基づく人生8パターン分類と 幸福インフラ活用法

【幸福インフラに基づく人生8パターン分類〕

  • (貧困)→何も充実していない
  • (プア充)→【社会資本】だけ充実
  • (退職者)→【金融資産】だけ充実
  • (ソロ充)→【人的資本】だけ充実
  • (お金持ち)→【人的資本】+【金融資産】が充実
  • (旦那)→【金融資産】+【社会資本】が充実
  • (リア充)→【人的資本】+【社会資本】が充実
  • (超充)→【人的資本】、【金融資産】、【社会資本】」すべて充実

【幸福を感じるための幸福のインフラ(土台)活用法】

「金融資産」
…経済的独立を実現すれば、
金銭的な不安から解放され、
自由を手にすることができ、
幸福度が増す。
分散投資が望ましい。

「人的資本」
…子供の頃のキャラを天職とすることで、
「ほんとうの自分」として自己実現でき、
幸福度が増す。
好きなことに集中投資すべき。

「社会資本」
…政治空間から 貨幣空間に移ることで、
人間関係を選択できるようになり、
幸福度が増す。
小さな愛情空間と 大きな貨幣空間に分散すべき。

幸福資本の柱である「社会資本」の問題点 及びその対処法

幸福の土台には、
「金融資産」、「人的資本」、「社会資本」の3つの柱が必要だが、
その中でも、「幸福」は「社会資本」からしか生まれない。

しかし、「社会資本」にはしがらみがつきまとう。

「金融資産」も「人的資本」も持ち、誰もが羨むような人が、
さらに「社会資本」をも得ようとするならば、
どうしてもネガティブな反応にぶつかってしまう。

「社会資本」はあった方が良いことは間違いないが、
しがらみに対処する必要がある。

【社会資本に付随するしがらみ対処法】
➡〔貨幣経済を介した【社会資本】構築のススメ〕

家族や親しい友人、恋人などの近しい関係性以外は、
貨幣経済を介した【社会資本】で構築することで、
幸福度をアップすることができる。

(理由)貨幣経済を介した【社会資本】には日本特有のしがらみがないから。

【著者おすすめの幸福度アップ生き方】

これからの世界では、
フリーエージェントとして生きることで幸福度を最大化することができる。

(理由)フリーエージェントなら、
「金融資産」・「人的資本」を持ちつつ、
貨幣経済を潤滑油とする「社会資本」が手に入るから。

※フリーエージェントとは、いわゆるフリーランスのことで、
個人で仕事をする人達のこと。
フリーエージェントとして生きることが、
資本主義の中で3つの柱をすべて手に入れる術
(By著者)

以上、
橘玲著『幸福の「資本」論』の内容をごくごく簡単に紹介しました。

その他にも、実に多くの示唆に富むことがらが書かれてあり、
とても勉強になることばかりでした。

まだ読んだことがない方は、
ぜひ一度、ご自身で手に取って読んでみてください。

橘玲的「幸福の資本論」を通して見る天理教人の幸福資本

man in brown pants standing on green grass during sunset photo

橘玲著『幸福の「資本」論』の内容を簡単に眺めたところで、
次に、
天理教に深く関わり、
天理教の教会活動に人生を大きく影響されている人々の
「幸福の資本」はどうなっているのか、
現状を見つめ直してみたいと思います。

橘玲氏が言う「幸福の資本」、
すなわち「幸福の土台」は、
「社会資本」「人的資本」「金融資産」の3つでした。

一つずつ見ていきたいと思います。

天理教文化圏住人にとっての「社会資本」

まず、天理教文化圏住人にとっての「社会資本」。

「社会資本」とは、
まわりの人たちとの関係性から富(安心や喜びといった精神的価値を含む)を得ることのできる源泉、
平たく言えば、人間関係、“つながり”といった社会的な資産のことです。

これは、天理教文化圏の住人にとって、最大の財産だと言えるのではないでしょうか。

というより、
むしろこれこそが、天理教の強味、最大の資産だと私は思います。
また、この資産こそ、
これからの社会全体へ貢献できる財産だと思います。

私の実感ですが、
天理教の人たちは、とにかくやさしい。
社会の冷たい風にさらされて落ち込んだ時に天理教関係者の人々と触れると、
本当に癒され、救われます。

それは、天理教にとってのかけがえのない財産だと、私は思います。

天理教文化圏住人にとっての「人的資本」

続いて、天理教文化圏住人にとっての「人的資本」。

「人的資本」とは、
労働市場に投資することによって富を得ることのできる源泉(主に労働力)のこと。

経済的な面ではお金を稼ぐ個人能力みたいな意味だと思うのですが、
要するに、その人の個人的なスキルを資産として考えて、
それがどれくらいあるか、
という意味ですよね。

天理教の教会活動に深く関わっている人については、
天理教教会活動を運営していく「スキル」はどんどん蓄積していて、
そういう面での人的資本(?)は高いと言えるかもしれません。

しかし、社会面、教会活動を離れた社会活動というステージで考えると、
給与や報酬という富を得ることのできる源泉としての「人的資本」は、
少ないと言えるかもしれません。

ただ、中には、
教会活動のかたわら、個別に社会的な自己投資を行って「人的資本」を高めている人もおられると聞きますので、
これについては、非常に個人差が大きいように思われます。

しかし、全般的には、
天理教教会内では非常に有用なスキルを積み上げているけれど、
社会的な面での「人的資本」を蓄積する機会を持てずに過ごしている方が多いような印象があります。

天理教文化圏住人にとっての「金融資産」

最後に、天理教文化圏住人にとっての「金融資産」。

これは、文字通りお金のことですね。
天理教の人々にとって金融資産は、
橘玲氏が言う「幸福の資本」の3本柱の中で、
最も弱い部分ではないでしょうか。

お道には、
「おつくし」として神様へお金をお供えすることを
神恩報謝の一つの形として伝承してきた文化的背景があります。

天理教文化圏の住人にとって、
金融資産は自分の手元に置いておくものではなく、
神様に捧げて、その分を目に見えないお徳として頂戴するものだ、
という考え方があると思います。

そういう意味でも、
天理教文化圏住人の(目に見える)「金融資産」は、
現代社会一般の方々に比べると、極端に少ないと思われます。

上記をまとめると、次のように言えるかと思います。

天理教文化圏住人の「幸福の資本」は、
「社会資本」に豊富な蓄積があるが、
「人的資本」は個人差が大きく、
「金融資産」は極めて少ない。

天理教人が育てるべきだと思う幸福資本

germ plant seedling

前項で、
天理教文化圏住人にとって、橘玲氏が言う「幸福の資本」はどんな現状か
ということについて考えてみました。

それを踏まえて、
私が思うことを少しばかり記述したいと思います。

※ここでいう「天理教人」とは、
天理教教会本部へ教人登録した人、という意味ではなくて、
単に、天理教文化圏で生きる人々、を短くした言葉として、
ユルイ意味で使っています。
ご了承ください。

天理教人の強み「社会資本」

天理教文化圏に住む人々にとっては、
「社会資本」が最大の強み。

橘玲著『幸福の「資本」論』要約のところでも軽く紹介した通り、
社会資本には「しがらみ」という負の側面があるのも事実です
(=天理教文化圏住人にとっての不幸となっている面があるのも事実です)
が、ここでは、そこまで深く考えずにおきましょう。

とりあえず、
社会資本の「正」の部分をクローズアップさせてもらうこととします。
そう考えれば、天理教にとって、「社会資本」は貴重な強味。

なので、
今後は、この資産を大いに活用し、
ますますこの資産を育てていくべきだ、
というのが私の思うことです。

天理教人の個人差が大きい「人的資本」

で、「人的資本」。
前項で見つめた通り、個人差が大きいと思われる資産ですね。

橘玲氏が言う「幸福の資本」の中の人的資本については、
今の天理教教会中心の生活だと、
個人差が大きくなるし、
むしろ弱くなる場合が多いように思われます。

これまでは、
天理教文化圏の中だけである程度社会生活を完結できていたので問題になりませんでしたが、
天理教文化圏が縮小しつつあるこれからの社会にあっては、
個々の住人が、社会的な方面への自己投資を積極的に行って、
「人的資本」の蓄積に努める必要があるのではないだろうか、
と私は思います。

天理教人の最大の弱点「金融資産」

そして、問題の「金融資産」。

前項で触れた通り、
「金融資産」は、天理教教会生活者にとって、
幸福を感じるために、もっとも不足している資産ではないか、
と思われます。

天理教人にとって、
お金は出すものであって貯めるものではない、
ちょっと下衆な言い方になるかもしれませんが、
平たく言えば、出すことによって幸福になれる、
という価値観だと思います。

「欲の心を打ち忘れ…」とご神言にもありますように、
お金に執着する生き方は不幸へつながっている
という価値観があるのは間違いないと思います。

ただ、
橘玲氏が「幸福の資本」三本柱の一つに「金融資産」を挙げていることからも分かるように、
現代社会においては、
お金がないと「幸福」を実感しにくい、
というのは紛れもない事実です。

橘玲氏は、
お金は「自由」の土台だ、
と説明してくれています。

現代社会では、
お金がないと「自由」がなくなり、
「自由」のない生活では、
やはり「幸福」を感じにくいというわけです。

私は、
それは、天理教文化圏の住人にとっても例外ではない
と思うのです。

これまでタブー視されがちだったお金のこと、「金融資産」も、
執着して埃を積み重ねない程度には必要だし、
それが「幸福の資本」の一つだと認識して、
必要最小限程度は蓄積することも考えていかなければならないのではないか、
と私は思います。

お金に執着してお金を集めることに必死になる、
というのは、もちろん論外ですが、
かと言って、先人たちの時代のように、
飲まず食わずで貧に落ち切ることこそが最高に美しい姿だ、
というのは、現代社会にそぐわない偏った価値観のように私は感じるのです。

貪ることなく、
周囲に迷惑をかけない程度に
自分たちの生活を維持できる程度の「金融資産」を蓄える。

これは、
天理教文化圏の住人にとっても必要なことではないだろうか、
と私は思います。

天理教教会生活者にとって、お金の話はなんとなくタブー視されがちで、
大っぴらに語られることの少ないテーマだと思いますが、
私は、これからは、
「金融資産」に関することに対しても、
もっとオープンに語られるようになってほしいな~、
と思ったりしています。

長くなりましたが、短くまとめると、

天理教人がより幸福度を上げていくために、
これからは、
豊富な「社会資本」を活用し、
個々に「人的資本」を増やし、
「金融資産」の向上にも目を向けるべきだ。

という話でした。

天理教人の「幸福資産」について考えながら思ったこと

蛇足になりますが、最後に、私の思うことをちょっとだけ付け足させてください。

橘玲著『幸福の「資本」論』要約のところで、
橘玲氏オススメのこれからの生き方を紹介しました。
それは、フリーエージェントなら、
「金融資産」・「人的資本」を持ちつつ、貨幣経済を潤滑油とする「社会資本」が手に入るから、
これからの時代は、
フリーエージェントとして生きることが、幸福な人生への最適戦略ではないか、
というものでした。

賛否分かれると思いますが、私は、
天理教文化圏の住人にもそれは当てはめるのではないか、
と考える派です。

自分を捨てて全体に溶け込むべき、というこれまでの価値観に基づく活動。
天理教文化圏がどんどん縮小しているという現実の姿は、
それに対する神様からの評価ではないだろうか、と感じるからです。

フリーエージェントとまではいかずとも、
自分の足で立つというか、自立するというか、
自分の頭で考える、ということが、
これからの時代は求められているのではないか。
それが私の考えです。

ちょっと今回記事の本題からは脱線していますが。

まとめ

child costume fairy

今回記事の結論を改めてまとめておきます。

日常生活が天理教教会に深く関わる人々は、
橘玲氏が言う「幸福の資本」の内、
社会資産には恵まれている。

しかし、
「人的資本」には個人差が大きく、
また「金融資産」は極端に乏しい。

なので、
より幸福度を上げていくために、
これからは、
豊富な「社会資本」を活用し、
個々に「人的資本」を増やし、
「金融資産」の向上にも目を向けるべき。

今回は、いつになく理屈っぽく堅苦しい内容になってしまいました。
文才乏しく、わかりやすくまとめることがなかなか出来なくて、歯がゆい感じです。

はたして最後まで読んでくださる方いるだろうか、とちょっと心配。
(なかばあきらめ気味…)

最後まで読んでくださった方には、
ただただ感謝あるのみです。

新型コロナ感染症による社会活動制限もだいぶ緩和されてきて、
少しずつ世の動きが戻ってきましたね。
ありがたいことです。

ではでは、今回はこのへんで。

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