コンテナ革命をもたらした男マルコム・マクリーン~『コンテナ物語』より

「コンテナ革命をもたらした男」アイキャッチ画像読書ノート

皆さん、こんにちは。ふらふら彷徨う「さまよい人」です。
「さまよいブログ」へようこそ。

最近、岡田斗司夫関連の記事を連発しています(笑)
今回は、そうしてハマった、岡田斗司夫ワールド延長線上の記事をお届けします。

岡田斗司夫氏のYouTubeで、
ひろゆき氏が『コンテナ物語』という本を絶賛している、という導入から始まって、
自身がそれについて深く解説する、という動画を視る機会がありました。

〔岡田斗司夫YouTubeより〕
さまよい人
さまよい人

いや~、YouTubeって、本っ当に勉強になりますね

面白そうだったので、さっそく、その本(『コンテナ物語』)を取り寄せて読んでみました。

結構ボリュームのある本で、読むのに時間がかかりましたが、読んでみたら、“へ~”と驚かされることが多く、とても勉強になりました。

今回は、岡田斗司夫氏、ひろゆき氏おすすめ書籍『コンテナ物語』を紹介して、そこから私が学んだこと等を少しだけ付け加えさせて頂きます。

きっと皆さまの参考になることもたくさんあると思いますので、ぜひ最後まで読んでいってください。

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『コンテナ物語』本の紹介

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『コンテナ物語』の著者は、マルク・レビンソン。
ニューヨーク在住のエコノミストで、The Economistの金融・経済学担当エディターや、Newsweekのライターを務めたそうです。

翻訳は、ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』の翻訳者でもある、村井章子氏です。

『コンテナ物語―—世界を変えたのは「箱」の発明だった 増補改訂版』(日経BP社)
2007年1月22日 第1版第1刷発行
2019年10月28日 増補改訂版第1刷発行

どのような内容について書かれてあるのか、何となく雰囲気をつかんで頂くために、
目次を紹介しておきます。

目次
まえがき(P,2)
改訂版への謝辞(P,10)
第1章 最初の航海(P,19)
第2章 埠頭(P,39)
第3章 トラック野郎(P,64)
第4章 システム(P,88)
第5章 ニューヨーク対ニュージャージー(P,117)
第6章 労働組合(P,148)
第7章 企画(P,179)
第8章 飛躍(P,205)
第9章 ベトナム(P,231)
第10章 港湾(P,253)
第11章 浮沈(P,281)
第12章 巨大化(P,303)
第13章 荷主(P,321)
第14章 ジャストインタイム(P,343)
第15章 付加価値(P,364)
解説 激化するコンテナターミナルへの投資競争……森川健(P,380)
原注(P,449)
参考文献(P,364)

この本のテーマは、もちろん「コンテナ」。
目次を“ザっ”と眺めるだけでも、「コンテナ」についてどんな流れで書いてあるのか、ということがおぼろげにイメージできるのではないでしょうか。

今回の記事では、本書の細かい内容については触れません。

皆さんも、ぜひ、実際に本書を手に取って、
マルク・レビンソンによって繰り広げられる「コンテナ」のストーリーを、ご自身で味わってみてください。

さまよい人
さまよい人

面白いですよ

アマゾンの書籍紹介には、以下のように書かれてあります。

引用20世紀最大の発明品の1つといわれるのがコンテナ。

コンテナの海上輸送が始まったのは1956年3月のことだ。

アメリカの陸運業者マルコム・マクリーンは、コスト削減と交通渋滞回避のため運賃の安い沿岸航路に目をつけ、トラックから「箱」だけ切り離して船に載せるアイデアを思いつく。

陸上、海上輸送の兼業を禁止する規制当局と戦い、さらには埠頭を牛耳る沖仲仕の組合の抵抗を押さえ、1956年3月、コンテナの海上輸送が世界で初めて実現する。

天性の企業家マクリーンは次々に船会社を買収し、ベトナム戦争では軍事物資の輸送に食い込み、世界最大級の海運業者に飛躍する。

日本、韓国、シンガポールなどアジアの国々は、巨大なコンテナ専用埠頭を設置し、欧米との貿易で巨額な黒字を溜め込み、世界経済への影響力を増していく。

グローバルな経済の成り立ちを「箱」に焦点を当てて振り返ったノンフィクション。

amazon(2007年1月22日第1版)の書籍紹介より

■ビル・ゲイツの推薦の言葉

「20世紀後半、あるイノベーションが誕生し、全世界でビジネスのやり方を変えた。
ソフトウェア産業の話ではない。それが起きたのは、海運業だ。
おそらく大方の人があまり考えたことのないようなそのイノベーションは、あの輸送用のコンテナである。
コンテナは、この夏私が読んだ最高におもしろい本『コンテナ物語』の主役を務めている。
コンテナが世界を変えていく物語はじつに魅力的で、それだけでもこの本を読む十分な理由になる。
そのうえこの本は、それと気づかないうちに、事業経営やイノベーションの役割についての固定観念に活を入れてくれるのである。」

世界経済とグローバル貿易を飛躍させた「箱」の物語として、国際物流の生きた教科書として2005年の刊行(日本語版は2007年)以来、版を重ねてきたロングセラー、レビンソン『コンテナ物語』の最新情報を加えた改訂版。

前回から10年以上を経て、コンテナ船の巨大化が進み、世界の港湾も巨大化・自動化が進んできた。
米中貿易戦争の激化もあり、コンテナの将来は予断を許さない。

解説・森川健(野村総研)

amazon(2019年10月28日増補改訂版)の書籍紹介より

『コンテナ物語』のサブタイトルが「世界を変えたのは『箱』の発明だった」となっていることからもわかるように、
「コンテナ」は、ただ単に物流の世界だけでなく、世界全体の在りようを大きく変えた、そういう話です。

「箱」が世界を変えた⁉

 大げさな!!

私も最初はそう思いましたが、本書を読み進む内に、その意味がよく分かっていきました。

かつては港湾周辺で勢いを奮っていたギャング達を駆逐し、産業構造、労使関係を変え、都市構造までも大きく変化させた「コンテナ」。
本書を読めば、「世界を変えた箱」といううたい文句が、決して大げさではないことが分かります。

そんな「世界を変えた箱」を生み出したのは誰なのか?
それについて、次項で紹介します。

マルコム・マクリーンの紹介

ノースカロライナ州

マルク・レビンソン著『コンテナ物語』の主役は、マルコム・パーセル・マクリーンという男です。
1913年、アメリカノースカロライナ州南東部のマクストンの近くで生まれたそうです。

ウィキペディアには、次のように書かれています。

マルコム・マクレーン(英: Malcolm Purcell McLean 1913年11月14日 – 2001年5月25日)は、アメリカの起業家、発明家。

20世紀後半に輸送と国際貿易に革命をもたらした海上コンテナと複合一貫輸送プロセスとなるインターモーダル輸送を発明した輸送起業家。

貨物のコンテナリゼーション(コンテナ化)により、個々の貨物を繰り返し荷役作業(ばら積み)する必要が無くなったことで貨物の輸送コストが大幅に削減された。

コンテナ化したことで信頼性が向上し、貨物の破損や盗難が減少し、輸送時間が大幅に短縮され、時間に正確となったことで在庫コストも大幅に削減された。

輸送コストが大幅に下がり製造工場の場所を問う必要性が無くなったことで、世界的物流網の発展に大きく貢献している。

Wikipedia マルコム・マクレーンより

20世紀後半に、輸送と国際貿易に革命をもたらした「起業家」なのですね

マルコム・マクリーン物流業界参入のきっかけ

『コンテナ物語』第3章に、マルコム・マクリーンが物流の世界に足を踏み入れていった歩みがまとめられています。それによれば、マルコム・マクリーンは、高校卒業後、近くの町でガソリンスタンドの雇われ経営者に。

ある時、45キロほど離れた所まで行けばガソリンを安く買えるという情報をキャッチ。
で、ガソリン仕入れに行こうとした際、そこのガソリンスタンドオーナーから、敷地内にあったおんぼろのトレーラー、好きに使っていいよ、と言われたのでした。

何気ない提案、好意。それが、後に「コンテナ」の物流活用に革命をもたらしたマルコム・マクリーンと物流業界の出会いとなりました。

マクリーンは、思いもかけず、トレーラーを自由に使っても良いという、降って湧いたような環境を与えられ、まずは、トラック野郎として物流の世界へ足を踏み入れました。
彼は、ガソリンスタンド運営のかたわら、たった一人の運転手で運送会社(マクリーン運送)を設立し、運送業を始めます。

岡田斗司夫氏のYouTubeで分かりやすく説明してくれていますが、
会社設立後、地元でダンプカーの掘り出し物を見つけ、マクリーンはお金を持っていないにも関わらず、たった週3ドル(!)のローンでそれを手に入れ、しかもそのローンも、親戚の助けを借りて支払ったということです。

さまよい人
さまよい人

このあたりの流れを見ていると、まるで、マクリーンが運送業に進むのは天命だったかのようですね

有能経営者マクリーン

マルコム・マクリーンは、経営者として非常に優秀だったようです。

青年マクリーンが周囲の助けを借りて起業した「マクリーン運送会社」は順調に発展。
起業した翌年(1935年)には、22歳の若さで、トラック2台とトレーラー1台を保有し運転手9人を雇うほどに。

その後も順調に成長を遂げ、1940年には、トラックを162台も保有するほどまで規模を拡大したのでした。

陸上運送の行き詰まり

しかし、その当時、20世紀前半のアメリカ輸送業界は、とても保護的、閉鎖的でした。

それぞれの輸送業者の許認可は、トラック、鉄道、船舶の「手段毎」に行なわれました。また、ルート、運ぶ品目、運賃も決められていて、その枠に閉じ込められていたそうです。

マクリーン運送は、順調に事業規模を拡大していきます。

しかし、1950年代に入ったアメリカでは、ハイウェイの渋滞が年々悪化。
トラックによる運送量の低下、売り上げの低下がどんどん進みます。

業界の先行きに暗雲たちこめる環境の中、
沿岸海運の会社が、終戦により余っていた政府払下げ船を安く買い上げ、
海上を使って(渋滞とは無関係に)貨物運送することでどんどんシェアを拡大。

青年社長マクレーンは、トラック貨物のシェアが奪われてしまうのではないか、
という危機感に包まれます。

運送業のブレークスルー、陸海一貫運送へ

そんな危機感に頭を悩ませていたマクレーンに、ある時、起死回生のアイディアが舞い降りてきます。

“混雑した沿岸道路を走るくらいなら、トレーラーごと船に載せて運べば良いではないか!”

しかし、何から何まで保護主義の当時のアメリカ輸送業界では、船とトラックは別扱い。
ICC(州際交通委員会)が、輸送手段として船とトラックを融合させることを認める訳もありません。

そこで、彼は思い切った手段に出ます。

陸上輸送会社「マクリーン運送」の役員を退き、新たに「マクリーン・インダストリーズ社」という会社を設立。

その新しい会社で、前から目をつけていた沿岸海運会社の「パンアトランティック海運」という海上輸送会社を買収したのです。

買収の対象となった「パンアトランティック海運」という会社は、保有船舶わずか4隻をボストン~ヒューストン間航路で運航するだけの小さな会社でした。
しかし、合計16港に寄港できる、すなわち海上運送の権利は持っていました。

あえて規制を逃れるために新しい会社を作って、そこで海運会社を買い上げることで、
陸海一貫運送というマクリーンのアイディアを実現しようとした、というわけです。

マルコム・マクリーンは、「パンアトランティック海運」を買収後、その親会社であるウォーターマン海運までも買収。

様々な障壁にぶつかりながらも、その都度、不屈の精神でそれを乗り越え、ついに陸海一貫運送を実現したのでした。

そして「コンテナ輸送」へ

そのように、コンテナ革命の序章は、トラックごと船で運ぶという、マルコム・マクリーンのアイディアによって幕をあけました。

その後、トラックごと運ぶと運送中はトラックを遊ばせてしまうようになることから、荷台の部分だけ運べないか、という発想になり、
それが「コンテナ」という箱の開発、活用へとつながっていくのでした。

世界を大きく変える「コンテナ」の物語は、この後、当時の人々の常識をはるかに乗り越える形で、華々しく展開していきます。

本書の中ではそのあたりの経緯が詳しく述べられていますが、
長くなりますので、ここではこれ以上触れません。

物語を読んでわかるのは、
マクリーンは意図的に「コンテナ」の活用を始めたというわけではなかった、ということです。

マクリーンの関心は、あくまで自分のトラックの貨物をどれだけ多く、そしてお金を掛けずに輸送するかということにありました。
あくなき追及の結果、
トラックで「コンテナ」を運び、それを船に積み替えて海上を運ぶ、
という、今では当たり前の、しかし当時としては画期的な運送形態の発明につながった、というわけです。

その後、マクリーンが買収経営した「パンアトランティック海運」は、コンテナの形状改良、クレーン改良等々、様々な技術開発を重ねることで、驚異的な進化を遂げます。

運送航路の拡大、取扱い貨物量の大幅増加、そして、必要な港湾労働者数の劇的な削減に成功して、信じられないほどのコスト削減を実現。

海陸一貫輸送という画期的なサービスにより、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を果たし、
1960年代には、会社を「シーランド・サービス」という名前に改称。
コンテナ事業の雄として名を馳せていきました。

世界の物流に革命を起こした「コンテナ」による輸送。

それは、マルコム・マクリーンという、一人のチャレンジ精神旺盛なベンチャー起業家によるひらめき、そして壁にぶつかってもへこたれない不撓不屈の精神。
それによってもたらされたものだったのでした。

その後のマルコム・マクリーン

マルコム・マクリーンが設立発展させた会社「シーランド・サービス」は、その後どうなっていったのでしょうか。

マクリーンが開発、発展させた「コンテナ輸送」の有益性が普及するにつれ、
それは、当然、続々と新規参入者を招き入れ、コンテナ船ブームを招来します。
後年、コンテナリゼーションと呼ばれることになる現象が、この頃から本格化したのでした。

海運業界は、事業者の急激な増大により、供給過剰な状態へ突入していきました。
運送業界の過当競争は、業界人たちに将来展望の行き詰まりを感じさせる状態に。

そんな状況下でしたが、起業家精神旺盛なマクリーンは守りに入ることなく、逆に、海運業界人をあっと驚かせる行動に出ます。

多角化を進める全米最大のタバコ会社R・J・レイノルズ・インダストリーズに、自分の会社(シーランド・サービス)を売却したのです。
レイノルズというタバコ会社の、子会社になったというわけです。

なぜ?と多くの人々が首をひねった売却劇でした。
しかし、その疑問はすぐさま氷塊します。

会社売却によって巨大な売却益を得たマクリーンは、その資金を利用して、
超高速の新鋭船、SL7という革新的コンテナ船を建造。
より速く、よりたくさん荷物を運ぶために巨額の設備投資を実施したのです。
自分の会社売却はその資金調達のためだった、というわけです。

会社の経営権は譲渡しても、実務は自身の手に握ったまま、変わることなく運送ビジネスへの情熱を注ぎ続け、1968年高速巨大輸送船SL7建造、1972年就航。

ひたすら事業の拡大を目指し、走り続けたマクリーンでした。

が、残念ながら時代は、マクリーンがコンテナ輸送という画期的なアイディアを思いついた当時のような、走れば走るほど利益が上がる時代ではなくなっていました。

コンテナ輸送に世界中の業者が参入したため供給過剰。
加えて、石油ショックによる燃料油の急騰(1973年)もあって、経営は悪化。

シーランド・サービスの海運業は、親会社R・J・レイノルズ・インダストリーズのお荷物となっていったのでした。

経営不振もあり、マルコム・マクリーンは、R・J・レイノルズ・インダストリーズという巨大企業の、官僚的やり方に嫌気が差したようです。
シーランド・サービス売却後に保有していた親会社レイノルズの持株を、1977年には手放し、レイノルズの取締役を去っていきます。

一方、シーランドの親会社レイノルズ・インダストリーズの方も、
高速船SL7を海軍に引き渡して手放し、その4年後には海運ビジネスから撤退。
かつてマクリーンから買収したシーランド・サービスを、独立企業としてスピンオフしたのでした。
(ちなみに、スピンオフされたシーランドは、1999年にデンマークのマースクという会社に吸収合併され、現在に至っているとのことです。)

マクリーンは、1970年頃からシーランドの経営に直接タッチしなくなっており、売却先のレイノルズ・インダストリーズの取締役も去ったわけですから、海運業からまったく手を引いてしまった…
かと思いきや、
様々な異業種の新事業を手がけた後に、1977年には新たな会社「ユナイテッドステーツ海運」という海運会社を買って、再び、海運業界に戻っていきます。

そこでも、持ち前のチャレンジ精神を大いに発揮し、
積極的な設備投資を繰り返し、世界一周コンテナ輸送サービス等のハイリスクなサービスにチャレンジしたのでした。

さまよい人
さまよい人

マルコム・マクリーンは、根っからの「起業家」だったのでしょうね

不屈の精神を発揮し、海運業に復帰したマルコム・マクリーン。
しかし、マクリーン運送からシーランド・サービスへと事業拡大した頃のようなイケイケドンドンの追い風は吹きませんでした。

「ユナイテッドステーツ海運」は思うように収益が上がらなくなり、
債務再編を試みるマクリーンの必死の努力もむなしく、1986年に倒産してしまいます。

倒産後、マクリーンは公の場から姿を消し、人前に出ることを避けるようになったそうです。
が、それでも、彼の起業家マインドは消えてしまうことなく埋火の如く残り、
「ユナイテッドステーツ海運」倒産から5年後(1991年)には、77歳で再び小さな海運会社を始めたとのことです。

その海運会社は本当に小さな会社だったのでしょう。
本書にはそれ以上の記述がないため、その後の会社の変遷については不明です。

物流に「コンテナ」革命をもたらした天性の起業家、マルコム・マクリーンは、2001年5月、静かにその生涯を終えます。

マクリーンの葬儀の朝には、世界中のコンテナ船が、汽笛を吹鳴して弔意を表したとのことです。

『コンテナ物語』を読んで

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『コンテナ物語』という岡田斗司夫氏オススメの本を読んで、
そこに出てくる、世界を変えた「コンテナ」を活用する運送システムを生み出した、マルコム・マクリーンという人物を紹介しました。

この本を読んで以降、町中のコンテナを積んだトラックや、鉄道を走るコンテナ貨物列車を見かけたりすると、マクリーンの歴史をほんの少しだけ思い返して、少しだけ感慨深い思いに浸ったりするようになりました。

日頃、私たちが何気なく見ている「コンテナ」。
それは、ただ単に物流のコストを劇的に下げただけでなく、船の姿を変え、港を変え、そこで働く人を変え、町を変え、都市を変え、産業を変え、そして世界を変えたのでした。

「コンテナ」による世界物流革命。
それは、コンテナという何のことはないただの箱、それを奇想天外な方法で活用するというアイディアを、次から次へと押し寄せる障壁に負けることなく実現しきった、ある一人の男によってもたらされたものでした。

『コンテナ革命』という本は、世界を変えるような発明も、たどっていけば、ある一人の男のアイディアから生まれたものであった、ということを私たちに示してくれています。

大々的に大勢で取り組まなければ新しいものは生まれない、と思い込んでいる人たちに向けて、
本当に世界を変えるのは、実は、このような、ある一人の思いつきから生まれていくものである、という一つの事例を、マルコム・マクリーンは身をもって示してくれている、そんなふうに思えたりします。

『コンテナ物語』からの学び

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『コンテナ物語』を読んで私が学んだことを、最後に記述させていただきます。
ピントはずれかもしれませんが、愚者なりの一つの感想の例示として。

  • 革命は、別世界の住人によってもたらされる。
  • 枠を超える発想によって、新しいものが生まれる。
  • 全く新しいものを生み出すのではなく、既にあるものの新しい活用によって、革新的なものが生まれる。
  • 行き詰まったときにも、あきらめずに前を向いてきた人にのみ、新しい道が開けてくる。
さまよい人
さまよい人

ウ~ン、ちょっとありきたりな学び、感想かな…(汗)

今回は、岡田斗司夫氏おすすめ書籍『コンテナ物語』を元に記事作成しました。
著名人オススメだけあって、非常に勉強になる素晴らしい本でした。
皆さまにも、一度手に取って読んでみることをオススメします。

ではでは、今回はこのへんで。

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