Dear everyone,
こちらは、
ふらふら彷徨う「さまよい人」による
『さまよいブログ』
= 彷徨う新米教会長の【自己学習ノート】です。
これまで、数多くの学びをもたらして下さった茶木谷吉信先生の【逸話篇の世界を旅する】動画シリーズ。
実は…、今回取り上げる第16回目の動画が「最終回」なのです‼(涙)
今回の勉強動画の最後の方で、茶木谷先生から今回が「最終回」です、との告知があるのですが、
それを聞いて、今回の聴衆の方と共に、私も、思わず「エ~ッ」と叫んでしまいました。
『教祖伝逸話篇』のお話は全部で200ありますので、まだまだこれからいろんな話を聴けると思っていたのに…(悲)
なので、今回で終わり、と聞かされて、残念な事この上ありません(泣)
残念ながら今回でシリーズ終了してしまいますが、
茶木谷先生が【逸話篇の世界を旅する】動画シリーズで『逸話篇』のお話を通して見せて下さったこと、
すなわち、ご逸話の時代性や登場人物の背景を深掘りしていく事でこれまでとは全く異なる世界が見えてくる、という体験。
これは、私にとって何ものにも代え難い宝です。
茶木谷先生の講話を通して学んだ「視点」。
物語の表面だけでなく、それを起点としてその背景を深掘りしていこうとする「視点」。
悲しいほど弱々しき自分の能力ではありますが、このたび学んだその「視点」を、
私の出来る範囲で、極力忘れないよう努めて、自分なりに活かしていきたい。
そのように思っています。
そのような、【逸話篇の世界を旅する】動画シリーズの、貴重な貴重な「最終回」である今回の動画。
今回の動画では、
「おやさま『ひながた』に一貫する『おつとめ』の急込みという視点」
について学ぶことができました。
最後も、これまで通り、いやそれ以上に、とても深い学びを得ることが出来ました。
ということで、今回のさまよい人【自己学習ノート】は、
「これが天理や~力比べの本当の意味」
という動画を通しての学びを綴ります。
- 今回紹介する動画について
- 茶木谷吉信先生講話「これが天理や」のご逸話をめぐって【文字起こし】
- 『天理教教祖伝逸話篇』における9つの「力比べ」のご逸話
- おやさまと、「力比べ」をなさった先人先生方の、【年令対比】
- おやさまが「力比べ」をなさった年代について
- おやさまが「力比べ」をなさった年代と「おつとめ」の関連性について
- おやさまの「力比べ」ご逸話、前半と後半の違い
- おやさまの「ひながた」は、「おつとめ」完成の「ひながた」
- 「おつとめ」完成というおやさま「ひながた」の全体像を見失ってはならない
- 私たちは、世界の「全体像」を小さな「スキマ」から見ているにすぎない
- メカニズムが分からなくとも、経験則として「おつとめ」で助かるということを知っている、それでいい
- 「生命を創る」というとてつもなく珍しい働きを現わす儀式として教えられたのが「おつとめ」
- あの人に助かってほしいとの思いを込めて「おつとめ」をつとめることで、奇跡は起きている
- 天理教の「おつとめ」が『チーム』でないとできない意味
- 1人1人違った個性を1つに合わせる「おつとめ」で人の幸せを願うところに、親神様の不思議なお働きが現れてくる
- 「一手一つ」で人の助かりを願う姿を、親神様はお望み下されている
- 皆どこかが違う人間が、その違いを乗り越え助け合っていく先に、陽気ぐらし世界が待っている
- 「おつとめ」の急込みという視点を持つことで、おやさま「ひながた」に新たな味わいが出る
- 「逸話篇の世界を旅する」シリーズ終了のお知らせ
- 茶木谷吉信先生講話「これが天理や」のご逸話をめぐって【文字起こし】
- 動画を視聴しての感想
- まとめ(今回の動画を通しての学び)
今回紹介する動画について
今回、紹介【文字起こし】するYouTube動画は、
「陽気チャンネル」
>【逸話篇の世界を旅する】動画シリーズ
>「これが天理や~力比べの本当の意味」
という動画です。
動画公開日: 2022年8月20日
動画概要欄: 「無謀とも思える若者との力比べ。教祖が強いて仕掛けられた力比べの本当の目的とは。」
この動画を新しいタブで視聴したい方はこちらからどうぞ↓
https://www.youtube.com/watch?v=4OKZB5k3hCg
茶木谷吉信先生講話「これが天理や」のご逸話をめぐって【文字起こし】
ハイ、皆さん、こんにちは。
今日も楽しく、『逸話篇』を勉強させて頂きたいと思います。
今日取り上げるご逸話は、75番「これが天理や」という、こういうお話です。
まぁ、何はともあれ、このご逸話をですね、いつものようにご一緒に味わってみましょう。ハイ。
では、どうぞ。
75 これが天理や
明治12年秋、大阪の本田に住む中川文吉が、突然眼病にかかり、失明せんばかりの重体となった。
隣家に住む 井筒梅治郎は、早速おたすけにかかり、三日三夜のうちに、鮮やかな御守護を頂いた。
翌13年のある日、中川文吉は、お礼詣りにお屋敷へ帰らせて頂いた。
教祖は、中川にお会いになって、
「よう親里を尋ねて帰って来なされた。一つ、わしと腕の握り比べをしましょう。」
と、仰せになった。
日頃力自慢で、素人相撲の一つもやっていた中川は、この言葉に一寸苦笑を禁じ得なかったが、拒む訳にもいかず、逞しい両腕を差し伸べた。
すると、教祖は、静かに中川の左手首をお握りになり、中川の右手で、ご自身の左手首を力限り握り締めるように、と仰せられた。
そこで、中川は、仰せ通り、力一杯に教祖のお手首を握った。
と、不思議な事には、反対に、自分の左手首が折れるかと思うばかりの痛さを感じたので、思わず、
「堪忍してください。」
と、叫んだ。
この時、教祖は、
「何もビックリすることはないで。子供の方から力を入れて来たら、親も力を入れてやらにゃならん。これが天理や。分かりましたか。」
と、仰せられた。
『天理教教祖伝逸話篇』における9つの「力比べ」のご逸話
ハイ。いかがでしたか?
『逸話篇』には、「力比べ」をなさったご逸話が、割とたくさん出てまいります。
全部でいくつあるか、ご存知でしょうか?これね、全部でね、数えてみますとね、9つあるんです。
(『逸話篇』は)全編200ですから、
割合としてはですね、この「力比べ」のご逸話が、結構たくさん出てくるんじゃないか、と思っています。これ、ちょっとね、抜き出してみましたんで、
ちょっと…皆さんと、ちょっと見ていきたいと思います。年代順に列記してみますね。
①上田民蔵【逸話篇61番】「廊下の下を」
②平野辰次郎【逸話篇68番】「先は長いで」
③中川文吉【逸話篇75番】「これが天理や」
④山澤為造・良蔵【逸話篇80番】「あんた方二人で」
⑤上原佐助【逸話篇81番】「さあ お上がり」
⑥諸井國三郎【逸話篇118番】「神の方には」
⑦高井猶吉・宮森与三郎【逸話篇131番】「神の方には」
⑧土佐卯之助【逸話篇152番】「倍の力」
⑨仲野秀信【逸話篇174番】「そっちで力をゆるめたら」
まず、1番最初に出てくるのは、上田民蔵先生。
61番「廊下の下を」っていうご逸話です。それから、2番目に出てくるのは、平野辰次郎先生の
68番「先は長いで」っていうお話。それから3番。中川文吉先生の75「これが天理や」。
先ほど味わって頂いたご逸話です。4番目に出てくるのは、山澤為造先生・良蔵先生。これはご兄弟なんです。
で、80番「あんた方二人で」っていうご逸話です。5番目に、上原佐助先生の
81番「さあ、お上がり」っていうご逸話が出てまいります。6番目。諸井國三郎先生の
118番「神の方には」っていうご逸話です。それから、7番目に、高井猶吉先生、宮森与三郎先生の131番ですね、
「神の方には」っていうご逸話です。これね、面白いでしょ?
(118番のタイトルと)同じ。
これ、(どちらも「神の方には」という)同じタイトルなんです。『逸話篇』の中には、同じタイトルのご逸話がいくつか出てまいります。
それから8番。土佐卯之助先生。
152番「倍の力」っていう、こういうご逸話ですね。それから9番目に、仲野秀信先生の
174番「そっちで力をゆるめたら」っていう、こういうご逸話が出てまいります。
おやさまと、「力比べ」をなさった先人先生方の、【年令対比】
で、ですね、これ、「力比べ」…、
おやさまと、それと、当時の先人たちが力比べをなさったんですよね。でね、これ、この登場人物の年齢をちょっと見てみますと、もうありえない、信じられない、っていうことは、よくお分かりになると思うんですね。ハイ。
この1番目、上田民蔵先生。
これね、出てくるその時の御年は、満の18歳なんですよ。
おやさまは、これね、81歳なんです。おやさま81歳。ね、すごいでしょ?
上田民蔵先生は18歳です。それから、(2番目は)平野辰次郎先生。
これね、23歳なんですよ。
おやさまは82歳。(3番目は)中川文吉先生。
これは32歳ですね。もう、まさに男盛り。
で、しかも、さっき、ホラ読んだでしょ?
日頃、力自慢で素人相撲の一つもやっていたって書いてあったでしょ?もぅ中川文吉さんは、おやさまが「力比べ」しようと仰った時に、苦笑を禁じ得なかったって書いてある、書いてありましたよね。
だからもぅ、鼻で笑ってるわけですよ。
おやさま(その時)おいくつだったか、82歳です。ハイ。(4番目は)山澤為造先生・良蔵先生のご兄弟。
これは、当時の年齢として、山澤為造先生が24~5歳ですね。24歳か25歳ぐらいです。
良蔵先生はそのお兄さんですから、もうちょっと上ですね。
おやさまは、83歳、あるいは84歳。(5番目は)上原佐助先生。
30代の血気盛りであったって『逸話篇』には書いてありますけど、正確には31歳です。
そして、おやさまは、この時に84歳になっておられます。それから(6番目は)諸井國三郎先生。
この方は、登場人物の中で一番年上なんです。それでも、満43歳。
おやさまは、おいくつだったかというと…、え~…86歳ですね。ハイ。86歳。それから次に出てくる、(7番目は)高井猶吉先生、宮森與三郎先生ですね。
この先生方は、22歳と26歳です。ハイ。22歳と26歳です。
そして、おやさまはおいくつだったかというと、86歳ですね。ハイ。(8番目は)土佐卯之助先生。
この方は、当時29歳です。
対するおやさまは87歳。
しかも、土佐卯之助先生は船乗りさんですから、ね、船乗り稼業で鍛えに鍛えた頑丈な体をお持ちだったんですね。それから、(9番目は)仲野秀信先生。
この方、当時33歳です。
この時、おやさまは、なんと88歳!米寿!これね、見てもらったら分かるでしょ? 如何にあり得ないか。
皆様方の周り、ちょっと見渡してみてね、こういう81歳から88歳ぐらいのね、お年寄りがおられたらね、比べてね、ちょっと想像してみて下さい。
その、80代の女性と、20代から30代のね、力持ち、力自慢の男性が、引っ張り合ったりですね、あるいは手首の握り合いをしたりっていう…、そういう「力比べ」をなさっています。
しかも、すべて申し込んでるのは、おやさまなんですよ。
若い人たちが「力比べ」しようといったんじゃない。
おやさまが、「私と『力比べ』しましょ」と仰ってるんです。常識でありえないでしょ?
さっき…(読んだように、申し込まれた側は)何を…って鼻で笑ってるわけですよ。
おやさまが「力比べ」をなさった年代について
でも、これ、逸話で取り上げられる場面というのは、
「あぁ、なるほど神様だなぁ」って、
あるいは「人間が力を入れたら神様『倍の力』で返してくださるんだなぁ」っていうふうに、
まぁ、普通は解釈されてますよね。でも、私ね、単にそうだけじゃないんじゃないか、と思ってるんです。
これね、そういう解釈だと私のこの曲がったお臍がですね、許さないんです(笑)
私の曲がったお臍はね、そこに敏感に反応するんです、ビビビッて。
ゲゲゲの鬼太郎の髪の毛みたいに(笑)私はですね、この年齢の対比よりも、もっと大事なことがあると思っているんです。
これはですね、これは分かりやすいように、ちょっとね、
これ、いったい何年のお話だったのかっていうのを、ちょっと書き入れてみますね。最初、上田民蔵先生のお出になった(話)、
これ、何年かって言いますとね、これ、明治11年の話なんですよ。
明治ですよ。これ、全部明治ね。
(で、この話は明治の)11年…。ハイ。それから、(2番目の)「先は長いで」、これ(明治)12年。
(3番目の)中川文吉先生のご逸話が、明治12~3年頃。
それから4番目、山澤為造が明治13~4年頃。
それから、(5番目の)上原佐助先生のお話は、(明治)14年。
それから、(6番目の)諸井國三郎先生。これは明治16年。
それから、(7番目の)高井猶吉先生、宮森与三郎先生のお話は、明治16年ですね。
それから、(8番目の)土佐卯之助先生のお話は、明治17年です。
それから、(9番目の)仲野秀信先生ね、これ明治18年です。
①上田民蔵【逸話篇61番】「廊下の下を」➡明治11年
②平野辰次郎【逸話篇68番】「先は長いで」➡明治12年
③中川文吉【逸話篇75番】「これが天理や」➡明治12~13年頃
④山澤為造・良蔵【逸話篇80番】「あんた方二人で」➡明治13~14年頃
⑤上原佐助【逸話篇81番】「さあ お上がり」➡明治14年
⑥諸井國三郎【逸話篇118番】「神の方には」➡明治16年
⑦高井猶吉・宮森与三郎【逸話篇131番】「神の方には」➡明治16年
⑧土佐卯之助【逸話篇152番】「倍の力」➡明治17年
⑨仲野秀信【逸話篇174番】「そっちで力をゆるめたら」➡明治18年
いいですか?
これ見て、何か気づきません?あのね、だって、「力比べ」をして、おやさま、自分は神様だよっていうふうなことをお知らせになりたいんだったら、もっと若い頃からなさったら良かったじゃないですか。
そうでしょ? 70代の頃からやっても、別に悪くないでしょ?
でも、なぜ、この時期から始められたのか? って、
ここにね、僕はミソがあると思ってるんです。
おやさまが「力比べ」をなさった年代と「おつとめ」の関連性について
「つとめ場所」のふしんが、元治元年ですよね。
それから、「おつとめ」の手ぶりをお教え下されたのが慶応2年から明治8年にかけて。
この頃からですね、官憲の弾圧が始まります、「おつとめ」に対する。
そして、明治8年に「ぢば定め」が行われて、
明治10年、3人の娘さんたちに3曲の鳴り物を教えられます。そして、官憲の迫害干渉がますます厳しさを増してくるっていうのは…
実は、この「明治11年」からなんです。ハイ。最初の「力比べ」は、この時に行われています。
つ・ま・り…
「力比べ」の本当の意味っていうのは、この「おつとめ」を急込まれた時期と見事に重なっている
っていうことに、僕は意味があるんじゃないか、と思ってるんです。おやさまは「おつとめ」をお急込みになる。
しかし人々は、「おつとめ」を躊躇するわけですね。
だって、おやさま(官憲に)引っ張られちゃうから。だから、その躊躇する我々に対して…
「力比べ」を、この時期から始めておられる。で、「力比べ」を体験した先生方、また、それを目の当たりにした周りの先生方も、おやさまは誠に神様である、と腹の底からやっぱり思ったでしょ、これ見たら。
この、人間業ではできないことをなさるおやさまが、
「おつとめ」をしなさい、と仰るわけです。私はここにですね、
おやさまが「力比べ」を仕掛けられた真の思召があるんじゃないか
って思っています。
おやさまの「力比べ」ご逸話、前半と後半の違い
もっと言いますと、
この9つのご逸話の中で、さらに、この中で2種類に分けられます。1つは、単に「力比べ」で終わっているパターンです。
先ほどの、丸数字、これで数字でいけばですね、
比較的古い①②④⑤がそれに当たります。
①上田民蔵【逸話篇61番】「廊下の下を」➡明治11年
②平野辰次郎【逸話篇68番】「先は長いで」➡明治12年
④山澤為造・良蔵【逸話篇80番】「あんた方二人で」➡明治13~14年頃
⑤上原佐助【逸話篇81番】「さあ お上がり」➡明治14年
つまり、登場人物は、おやさまのお力の強さに感嘆して、
「ハ~、人間技ではないなぁ、なるほど、おやさまは神のお社におわします」
これは、80番の、このご逸話に出てくる言葉ですけれども…、
で終わっているっていうパターンです。つまりが「神様は、あぁやっぱり神様なんだなぁ…」で終わっているパターン。
後半は?どうなってくるかと言うと…、
そこからさらに進んで、
人間が力を入れたら神様も、おやさまも力を入れ返す、返して下さるっていうのが、
実は、後半部分に出てきます。ハイ。具体的に言えば③⑥⑦⑧⑨です。
(③⑥⑦⑧⑨)が、それに該当します。
③中川文吉【逸話篇75番】「これが天理や」➡明治12~13年頃
⑥諸井國三郎【逸話篇118番】「神の方には」➡明治16年
⑦高井猶吉・宮森与三郎【逸話篇131番】「神の方には」➡明治16年
⑧土佐卯之助【逸話篇152番】「倍の力」➡明治17年
⑨仲野秀信【逸話篇174番】「そっちで力をゆるめたら」➡明治18年
例えば、
“そっちで力を緩めたら神も力を緩める、そっちで力を入れたら神も力を入れるのやで”
っていうふうに仰っている。そういう終わり方をするご逸話が、
後半になると、
「倍の力」っていうのを強調されてるご逸話に変化してまいります。ハイ。つ・ま・り…
単に「力比べ」をしてすごいなぁ、
で終わってるんじゃないんです。しかも、後期になればなるほど、さらに進んで、
人間が力を入れたら神の方には「倍の力」や・・・(と仰っている)。す・な・わ・ち、
『人間がしっかり心を定めて「おつとめ」をしたら、神も「倍の力」でご守護をするよ』
っていうことを仰っている。
…と、私は思うんですね。
おやさまの「ひながた」は、「おつとめ」完成の「ひながた」
よく、おやさまの「ひながた」は「つとめ」の完成の「ひながた」って言われます。
最後に「おつとめ」を急込まれてね、
明治20年陰暦正月26日に「おつとめ」を急込まれたから、
漠然とそういうふうに思ってる方が多いかもしれませんけど、
実は、そんなもんじゃないんですね。奇跡が起きるのも…奇跡を起こすのも、
病をたちどころにご守護頂く…御守護をするのも、
「力比べ」をなさって人間ではないっていうことを目の当たりにお示しになるのも…す・べ・て・は、
「おつとめ」をつとめる人を寄せる、
っていう【模様建て】です。つまり、「おつとめ」をせよ、っていうのが人間から出ている指令ではないんだ
っていうことを分からせるためなんですね。これが、おやさまの「ひながた」の全体像なんです。
「おつとめ」完成というおやさま「ひながた」の全体像を見失ってはならない
これ、私、前によく言ってましたけど、
『世界たすけに活かすおやさまのひながた』っていう(私の)本にも書いてるんですけど…「ひながた」の1つ1つというのは、「ジグソーパズル」なんです。
その1つのピースでしかないんですよ。1番大事なのは、
このピースを組立てていくと最終的に何の「絵」が出てくるのか、
っていうのがすごく大事…だと思います。時として、「ジグソーパズル」を作る人は、
この、本末が転倒してますよね。
思いません?だって、何の絵が出来るのか関係ない(という感じで作っている人がいる…)、
このピースとこのピースがここにハマる、ハマる、ハマる…って、そうやって楽しく組み立てていくんだけど…
で、出来上がったら「全体像」が出てくるんだけども…
(何の絵ができるのか関係ないという感じで作っていったために、肝腎の「全体像」を見失ってしまっている場合がある…)
でしょ?でも…
おやさまの「ひながた」の場合は、
その「ジグソーパズル」が出来上がった「全体像」の絵こそが大切なんです。そこにどういうメッセージがうかがえるのか、浮かび上がってくるのか(ということが何よりも大切なんです)…
そうじゃなかったら、ただの【教祖伝オタク】で終わっちゃうんです。
そうでしょ?こことここが合うなぁ、これが合うなぁ、面白いなぁ…
じゃなくて、
おやさまの「ひながた」は、一体何を全体的に仰りたいんだろう(という視点が不可欠で)、
その「ジグソーパズル」を解いていったその先に見える風景こそが、
私は、「おつとめ」の完成だ と思ってるんです。
私たちは、世界の「全体像」を小さな「スキマ」から見ているにすぎない
昔ね、これ科学哲学の先生で、村上陽一郎っていう先生がおられるんですね。
この方が、昔、本に書いておられたんですけど、
電磁波の波長の長さ、これね、10のマイナス14乗から10の5乗ぐらいまであるんですよ。ラジオ波から、それこそガンマー線に至るまでね、電磁波なんですね。
で、これ、ものすごい長いんですけども、これを、まあ仮に1メートルとしますよね。
そうしたら、私たちが見えているこの可視光線ですね、目に見える光、これも電磁波ですから。
これは、だいたい400ナノミリから800ナノミリっていうふうに言われています。でも、それを、全体の電磁波の、どこからどこまでっていうふうに当てはめてみると、
幅、これ(全体を)1メートルだと仮定すると、
(私たちが見えている可視光線は)幅1センチもないんですよ。ないんです。つまり、私たちは、世界の「全体像」を、こういう「スキマ」から見てるんじゃないかっていう…
そういうふうなことをね、この村上陽一郎先生が書いてた本があったんです。これと似たようなことが、実は起こってるんですよ。
私たちは、ホラ、「分かんない」って言うでしょ?
分かんなくていいんですよ。
神様のすべての思召なんて、私たち人間には分からないんです。幅1センチの「のぞき窓」から見てるに過ぎないんで、
あえて私は、「分からないものは分からない」って言うようにしています。分からなくてもいいんですよ。
もう、すべて分かってる、自分は親神様と同じように分かってるって…、
そんなことね、ないと思いますね。
メカニズムが分からなくとも、経験則として「おつとめ」で助かるということを知っている、それでいい
でも、私たちは、物事を理解しようとする時に、理屈では分かんないんだけども、
もう一つ、便利な道具持ってますよね。それは何か?
…「経験則」ですよ。例えば、野球選手がね、球がこぅ来たら、ここに腰に壁を作って…とか言うでしょ?
(でも)腰に壁を作れる人なんかいませんよね(笑)いたら恐い(笑)
でも、スポーツ選手はね、よく、コツだとか体で覚えるだとか、
もぅ理屈では説明できないんだけれども「経験則」で知ってる、
っていうことありますよね。「おつとめ」も、私、それでいいと思うんです。
「おつとめ」をすればなぜ助かるかって、メカニズムが分かんなくてもいいんですよ。
でも、「おつとめ」をしたら病気が治ったとか事情が解決しただとか、
そういう経験は、皆さん、いくつかお持ちじゃないですか? ね。だから、「おつとめ」はなぜ助かるのか分かんないんだけれども、
「経験則」として「おつとめ」はやっぱり助かる、
っていうことを知ってるっていうことは、とっても大事なことだと思います。
「生命を創る」というとてつもなく珍しい働きを現わす儀式として教えられたのが「おつとめ」
『教典』第2章には、こういうことが書いてあります。
「このつとめは、親神が、紋型ないところから、人間世界を創めた元始まりの珍しい働きを、この度は、たすけ一条の上に現わそうとて、教えられたつとめである」
っていう言葉が出てまいります。これね、人間を始めた時のご守護を、この度は「たすけ一条」の上に現して、
そのために現して、あんたたちに教えるのが「おつとめ」なんだよってことを仰ってるんですね。これだけね、科学進歩…科学技術が進んでね、光の速さでも5時間もかかるんですよ、冥王星ってとこ…。
そこに探査機を飛ばすんですよ、人間。そういう時代にですね、人間の力でね、バクテリア1匹創れないんですよ、今でも。
生命を創れないんですよ。これね、今ね、もしもね、私たちがね、バクテリアを1匹創ることができたら、おそらく、間違いなくノーベル賞100回ぐらいもらえますね。
ビッグニュースになりますね。
それぐらい(すごいこと)…そういう生命を創るっていうね、もぅ、とんでもない珍しい働きを、
このたびは、みんなに教えるって、それが「おつとめ」だって…。つまり、私たちがその働きを起こせるって、それが「おつとめ」の力だって…(私たちは教えられたわけです)。
だから、私たちが「おつとめ」するっていうのは、
ものすごい、とんでもない事をやってるんですよ。ね。
あの人に助かってほしいとの思いを込めて「おつとめ」をつとめることで、奇跡は起きている
(では)その「おつとめ」をどこに向けて行うのか。「おつとめ」の祈りをね。
親神様は世界一列を助けたい、と仰ってるんだから、
じゃあ、人助けのために使いましょうよ、って話です。だから、その…、せっかくだからね、
その力、今ふうに言えば「パワー」ですね、「パワー」を、
単に起こすだけじゃなくて、皆さんの身近な人に使ってもらいましょうよ、ってことです。つまり、あの人に助かってほしいってね、思いを込めながら「おつとめ」をしましょう、って。
そうしたら、その人に、ノーベル賞100回じゃきかないぐらいのすごい事が起きるんですよ。
奇跡が起きるんです。私はそういうふうに思ってますね。
気づかないだけです。起きてます、絶対に。
天理教の「おつとめ」が『チーム』でないとできない意味
さて、おやさまはね、「おつとめ」をお教え下されたんですけれども、
この「おつとめ」というのは、他の宗教の「おつとめ」とはちょっと違うんです。どの宗教にもね、お祈りの儀式ってありますよね。
でも、そのほとんどが1人で出来ます。
天理教の「おつとめ」も、もちろん、1人で出来ます。でも一方で、
おやさまが50年の「ひながた」をかけてお急込みになった「おつとめ」っていうのは、
本来的には「かぐらづとめ」を指します。これはですね、『チームプレー』なんですよ。1人じゃ出来ないんですよ。
神楽、てをどり、鳴物、地方…、いろんな役割があります。
一般教会でいえば、「おつとめ奉仕者」っていうことになるんですけど。じゃあ、なぜ、おやさまは、『チームプレー』でなきゃ出来ない「おつとめ」を、世界救済の手段としてお教え下されたのか、ってことですね。
別に、1人で出来た方がいいじゃないですか。他に気使う人もいないしね。
(1人なら)いつでも出来るし、自分の都合さえ合えば。でもね、天理教の「おつとめ」をつとめる時の大切な要素は、チームでないとできない(という事です)。
私はここにですね、「一手一つ」っていうことの大切さを思うんですね。
今風で言えば『チームワーク』です。『おさしづ』、親神様の時々のお言葉を書き残した『おさしづ』に、こういうのがあります。
「陽気というは、皆んな勇ましてこそ真の陽気という。めん/\楽しんで後々の者苦しますようではほんとの陽気とは言えん。」
明治30年12月11日の『おさしづ』です。ありゃりゃりゃりゃ…
ありゃ…(笑)、陽気ぐらしって、一人じゃ出来ないんだって…(笑)お坊さん…、まぁ、お坊さんのこと悪く言うわけじゃないけども、『お経』は基本的に1人であげられますしね、
キリスト教のお祈りだってね、1人で出来ますよね。でも、ホラ(ホワイトボードに書かれた『おさしづ』を指しながら…)
1人じゃダメなんだって、みんな勇ましてこそ真の陽気なんだって(神様のお言葉が残ってる…)。これがすごく大事です。ハイ。
1人1人違った個性を1つに合わせる「おつとめ」で人の幸せを願うところに、親神様の不思議なお働きが現れてくる
「おつとめ」って、1人1人、役割違うんですよ。
お手を振る人、鳴物を奏でる人、歌を歌う人。
みんな一斉に太鼓叩いてごらんなさいよ、こんなのうるさくて、やってられないですよ(笑)
子供おぢばがえりの鳴物教室ですよ。「ドドドドド~ン…」って。もぅ、うるさくてしょうがないですよ(笑)でも、1人1人違った個性を、何か1つのことに合わせるから、陽気な「おつとめ」が出来るんです。
ちゃんぽん、拍子木、すりがね…あるいは三曲…ね。で、そういうものを1つの心に合わせてつとめる。
1人1人は違って当たり前なんです。
会長さんは会長さんの役目、奥さんは奥さんの役目。話が上手でいつも人を朗らかにする人もいれば、そんなことは苦手で1人で静かに過ごすのが好きだって人もいる。
ひのきしんが得意な人、ひのきしん苦手な人、たまには嫌なこと言う人…ね。そういう人、居ていいんですよ。
そういう人たちが、それぞれの役目に応じて、神様に心を添わせて、方向性を合わせて人の幸せを願う、ってところに、親神様は不思議なお働きを現わして下さるんです。
僕はそういうふうに思ってますね。
「一手一つ」で人の助かりを願う姿を、親神様はお望み下されている
「一手一つ」っていうのは、実に素晴らしい。
人の助かりを願う時に、あるいは、人を助けようとする時に、人の脳には「アドレナリン」っていうのが出てきます。
そういうふうにね、親神様は(人間を)お作りになったんです。
こういうことは、ボランティアの現場に行ったら、もう、どこでも見られる風景です。
だから、例えば、
自分がちょっと心が弱ってる、あるいは、ウツになっている方とかね、不登校で困っている学生さんとか、
ボランティアに連れて行って、元気もらって帰ってくるなんてことは、ごく当たり前に起きます。
普通に起きます。だから、それを、
ボランティアに行かなくても、習慣的に、毎月、あるいは毎日、人の助かりを「祈る場」があれば、ね、
それが、別にボランティア行かなくったって、そのアドレナリンが出てくるわけですよ。「そばが勇めば神も勇むる。」
そうすると、親神様が勇んで下さる。これが私は、「おつとめ」だと思いますね。
コロナがね、今ちょっと流行ってますけども、本部で「お願いづとめ」ありましたよね。
周りは全員知らない人でしょ? 本部で「お願いづとめ」してる人。
まぁ、詰所から行った人は、周りに(知っている人が)何人か居るかもしんないけど、基本的には知らない人ですよ。でも、全く知らない人同士だって、心を一つに合わせさえすれば、その真実を、親神様はお受け取り下さる。
いや、むしろ、全く知らない人同士が心を合わせていくことこそ、親神様は、私たちにお望みなんじゃないかな、って思いますね。
皆どこかが違う人間が、その違いを乗り越え助け合っていく先に、陽気ぐらし世界が待っている
考えてみたら、私たちね、同じ人間なんかこの世に存在しないんですよ。
みんな、どっか違ってるんです。でも、私たちは、等しく親神様の子供、兄弟です。
その違いを乗り越えて、
あるいは、その違いを認め合って、良さを認め合って、
足らないところを補い合って、助け合っていくんですよ、
その先に本当の陽気ぐらしが待ってるんですよ、
っていうことを、
私は、おやさまはお教え下された(んだと思うんです)。だから、『チーム』でないと出来ないものをお教え下されたんじゃないかな、
っていうふうに思っています。
「おつとめ」の急込みという視点を持つことで、おやさま「ひながた」に新たな味わいが出る
最初のご逸話で出てきましたね。
「子供の方から力を入れてきたら親も力を入れてやらにゃならん、これが天理や、わかりましたか?」
っていう意味。「力比べ」をなさった時の意味。
これに…
“これは「おつとめ」の急込みだ”
っていうことを、ちょっと感じるだけで…
この意味が、少し変わって味わえるんじゃないですか?私ね、そういうふうに思ってるんです。
こういうふうに、「逸話」とか「ひながた」っていうのは、
単に表面だけを見るんじゃなくて、
その裏に隠されたね、いわゆる「ダヴィンチコード」みたいなものがあるんですよ。僕、そう思ってるんです。
これを探すのが、ご逸話を拝読する時の、すごい、やっぱ楽しみじゃないかな、
っていうふうに思っています。今回のご逸話ね、どうぞご参考になさって、
「おつとめ」ってことに…
いつもと同じように、ここ(=「力比べ」のご逸話)から「おつとめ」に、今度ちょっと展開しましたけど…
まぁ、そういうふうに、こぅ、いろんな見方、読み方をなさって下されたら、と思います。
「逸話篇の世界を旅する」シリーズ終了のお知らせ
実はですね、
この「逸話篇の世界を旅する」というシリーズ、今回で最終回になります。
(エ~ッ、という声)エ~ッて(笑)、エ~ッて言って下さる方は、有難い(笑)。
有難いんだけど、終わりにしたいと思ったんです…。
その代わりというか…
今まで「番外編」として、何回か私出たんですけど、そういうお話の配信は続けていきたいと思っていますが…
『逸話篇』を題材にしたシリーズ物としては、もうね、16回やりましたからね、今回で。1つ、区切りをつけさせて頂きたいな、というふうに思っています。
もっとたくさん知りたかったら、どうぞ、私が出してるあの本
(『世界たすけに活かすおやさまご逸話』)
を読んで頂きたい(笑)というふうに思っています。ハイ。
またね、どこかで、こういう配信で、お目にかかれたら大変嬉しいなぁ、って思っています。
最後までご視聴頂き、有難うございました。
また、ずいぶん長い間「逸話篇の世界を旅する」にお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。
では、これで終わらせて頂きたいと思います。
最後までご視聴頂きまして、有難うございました。
(YouTube 陽気チャンネル>「これが天理や~力比べの本当の意味」より)
茶木谷先生の「逸話篇の世界を旅する」シリーズが最終回だなんて‼
悲し過ぎる(涙)
もっと他の「ご逸話」の解釈についてのお話も聴きたかった…
以上、「これが天理や~力比べの本当の意味」
というYouTube動画の【文字起こし】でした。
動画を視聴しての感想
おやさまの「力比べ」の年代が、おつとめをお教え下さりながらも、官憲の弾圧が始まってそれが思うように実施できない時期と重なっていたとは…
そんなこと、まったく意識したことありませんでした。
おやさまの「力比べ」には、おやさまが官憲に引っ張られてしまうから「おつとめ」を躊躇する人間に対し、おやさまの言葉が誠の神の言葉であることを納得させ、何とか「おつとめ」を実施させようとする思惑があったのですね…。
もしかしたら、それは、お道に造詣の深い方々にとっては常識的なことなのかもしれません。
しかし私は、茶木谷先生の今回の動画で初めて教えられました。
これまで『天理教教祖伝逸話篇』を拝読する中で、おやさま「力比べ」のご逸話が出てきても、私は、それは、おやさまが「神様」であることを人々に納得させようとする、ちょっとしたお遊び(?)ぐらいの感覚で受け止めていました。
それこそ、文字通り、単なる「逸話」の一つとして。
しかし、おやさまを取り巻く「当時」の時代背景を深掘りしてみると…
そこには、「つとめの急込み」と「官憲の弾圧」に板挟みで揺れる「おやしき」の重苦しい時代の空気が充満していた…
今回の茶木谷先生のご講話を聴かなかったら、絶対にそのようなことに気づけないまま、ずっと過ごしていたでしょう。
これまでの「逸話篇の世界を旅する」シリーズの中でも茶木谷先生がたびたびご指摘下さっている通り、『逸話篇』の中のご逸話は、意識して深く読み込まなければ「フ~ン」で通り過ぎてしまうお話ばかりです。
今回取り上げて下さった「力比べ」のご逸話にしても、「表面」だけ眺めると、
おやさまと若い男性が「力比べ」しておやさま勝ったってスゴイな~、きっと皆さん「さすがおやさま」って驚いたやろなぁ、何かホッコリするよなぁ…ぐらいの、軽い話のように見えなくもありません。
しかし、茶木谷先生がご指摘下さった如く、そこに当時のおやしきの社会情勢を重ね合わせてみると、全く異なる景色が眼前に広がってくる…
それは、決して単なるお遊びなどではなかった。
そこには、救済の手段である「おつとめ」を何とか完成させたいというおやさまのご苦心が込められていた…
つとめの急込みという視点を加えておやさまの「力比べ」というひながたを見つめ直してみると、そこにまた違った味わいを感じられませんか?という茶木谷先生のお言葉。
…誠にその通りです。
つとめの急込みという視点をもって今一度「力比べ」のご逸話を読んでみると、読み手の印象は全く違うものになるような気がします。
今後、「力比べ」のご逸話は、今までとは違って見えること間違いありません。
お道に引き寄せられた者は、おやさまは「つとめの完成」を急込まれていたんだという話を耳にタコが出来るほど聞かされます。
そのような状態にも関わらず、実は、上っ面の受け止め方しか出来ていないことを、この度のお話で自覚させられたような気がします。
今回の講話を拝聴することで、改めて、「あぁ、おやさまは、それほどまでも『おつとめ』の完成に思いを込めておられたんだ…」ということを、今さらのように深く心に刻むことが出来ました。
ありがとうございます。
信仰年数を重ねるに伴い、慣れっこになってしまいがちな、この道における「おつとめ」の大切さ。
「おつとめ」大事とか口先で言っているけど、本当に分かってるのか?
と問いかけられたような気がしました。
教祖140年祭、三年千日年祭活動期間に突入する特別な旬を迎えた今こそ、その「かけがえなさ」を再認識する必要がありそうです。
まとめ(今回の動画を通しての学び)
【茶木谷先生講話「これが天理や~力比べの本当の意味」
YouTube動画からの学び】
- おやさまが「力比べ」をなさった年代と「おつとめ」お教え下された時期は重なっている。
- 官憲の迫害干渉がますます厳しさを増してくる年代も重なっている。
- 人間業とは思えない「力比べ」を見せたのは、おやさまが官憲に引っ張られてしまうから「おつとめ」の実施を躊躇する人間に対し、
おやさまの言葉は誠の「神の言葉」であることを納得させ、
何とか「おつとめ」を実施してほしいという思召があった為と考えられる。
- おやさまが「力比べ」をなさった期間の内、
前半の頃は、単に「力比べ」で終わって、「おやさまはやっぱり神様だ」と人間が感嘆するところまでだったのが、
後半に入ると、そこからさらに進んで、人間が力を入れたら神様、おやさまも力を入れ返す、返して下さる、「倍の力」というのを強調されるようになる。
- それは、
『人間がしっかり心を定めて「おつとめ」をしたら、神も「倍の力」でご守護をするよ』
ということをお教え下さったのだと悟ることが出来る。
- おやさまの「ひながた」は、「おつとめ」完成の「ひながた」。
- おやさま「ひながた」の全体像は、『おつとめ』の完成という壮大な絵であるとも言える。
- おやさま「ひながた」の細部にはまり込んで、その全体像を見失うようなことがあってはならない。
- 私たちは、世界の「全体像」を小さな「スキマ」から見ているにすぎない。
- メカニズムが分からなくとも、経験則として「おつとめ」で助かるということを知っていれば、それでいい。
- 「生命を創る」というとてつもなく珍しい働きを現わす儀式として教えられたのが「おつとめ」である。
- あの人に助かってほしいとの思いを込めて「おつとめ」をつとめることで、奇跡は起きている。
- 1人1人違った個性を1つに合わせる「おつとめ」で人の幸せを願うところに、親神様の不思議なお働きが現れてくる。
- 1人では出来ない=『チームプレー』でなければ出来ないのが「おつとめ」。
- それを救済の手段としてお教え下されたというところからも、
多くの個性を一つに合わせる「一手一つ」ということが、親神様のお望みになる姿であることがうかがえる。
- 「一手一つ」で人の助かりを願う姿を、親神様はお望み下されている。
- 皆どこかが違う人間が、その違いを乗り越え助け合っていく先に、陽気ぐらし世界が待っている。
- 「【おつとめ】の急込み」という視点を持つことで、おやさま「ひながた」に新たな味わいが出る。
以上、茶木谷吉信先生による「これが天理や~力比べの本当の意味」のYouTube動画を【文字起こし】して、そこから自分が学んだことをまとめました。
最後にもう一度、対象のご逸話、
『稿本天理教教祖伝 逸話篇』75番「これが天理や」
を掲載しておきます。
75 これが天理や
明治12年秋、大阪の本田に住む中川文吉が、突然眼病にかかり、失明せんばかりの重体となった。
隣家に住む 井筒梅治郎は、早速おたすけにかかり、三日三夜のうちに、鮮やかな御守護を頂いた。
翌13年のある日、中川文吉は、お礼詣りにお屋敷へ帰らせて頂いた。
教祖は、中川にお会いになって、
「よう親里を尋ねて帰って来なされた。一つ、わしと腕の握り比べをしましょう。」
と、仰せになった。
日頃力自慢で、素人相撲の一つもやっていた中川は、この言葉に一寸苦笑を禁じ得なかったが、拒む訳にもいかず、逞しい両腕を差し伸べた。
すると、教祖は、静かに中川の左手首をお握りになり、中川の右手で、ご自身の左手首を力限り握り締めるように、と仰せられた。
そこで、中川は、仰せ通り、力一杯に教祖のお手首を握った。
と、不思議な事には、反対に、自分の左手首が折れるかと思うばかりの痛さを感じたので、思わず、
「堪忍してください。」
と、叫んだ。
この時、教祖は、
「何もビックリすることはないで。子供の方から力を入れて来たら、親も力を入れてやらにゃならん。これが天理や。分かりましたか。」
と、仰せられた。
今回の「彷徨う新米教会長の【自己学習ノート】」は、
「おやさま「ひながた」の全体像は、『おつとめ』の完成という壮大な絵である」
という学びの記録でした。
茶木谷先生の「逸話篇の世界を旅する」シリーズは終わってしまいました。
しかし、『世界たすけに活かすおやさまご逸話』という著作を通して、茶木谷先生の思想に触れることはできます。
今後も、それらを通して、おやさまのひながたについて学び続けていきたい…、
そんなことを考える「さまよい人」でありました。
人生、死ぬまで勉強。
今後も、勉強し続けていきたいと思います。
ではでは、今回はこのへんで。
コメント
「つとめの完成」という言葉が、いかにも観念的です。
筆先 第八号三三
こらほとのぢうよじさいをゆうのもな よいなる事とさらにをもうな
これに対して、良いなる事で語っているのは、人を惑わせます。
『人間がしっかり心を定めて「おつとめ」をしたら、神も「倍の力」でご守護をするよ』
ということをお教え下さったのだと悟ることが出来る。
こんな解釈は、大嘘です。
コメントありがとうございます。
このような、あまり訪れて下さる人のいないブログを訪問し、本文を読んで、コメントまでして下さり、それだけで有り難く思います。
教理的な解釈に関しては、私は、正直なところよく分かりません。
人により、様々な解釈があると思います。
本当のことが まだまだわからない私は、いろいろな解釈に触れながら、これからも、本当のこと、真実、真理、というものを求め続けていきたいものと思っています。
このたびは、拙ブログにご訪問の上、コメントをお寄せ下さり、誠に有難うございました。