茶木谷吉信先生講話「『前生のさんげ』ご逸話をめぐって」【YouTube文字起こし】

「ご逸話『前生のさんげ』をめぐってYouTube文字起こし」アイキャッチ画像 天理教・茶木谷先生

皆さん、こんにちは。
ふらふら彷徨う「さまよい人」です。
「さまよいブログ」へようこそ。

今回は、好評(?)の茶木谷先生による【逸話篇の世界を旅する】シリーズの続きです。
【逸話篇の世界を旅する】動画シリーズの中の、
【逸話篇の世界を旅する8】茶木谷吉信・正代分教会長「前生のさんげ」
という動画を【文字起こし】して紹介します。

今回のお話は、茶木谷先生が動画の中で語っておられる通り、
現代的な社会問題を考える上で、非常に有益で、役に立つ内容のお話です。
「教祖のご逸話を現代に活かす」という茶木谷先生のご主張が、
そのままダイレクトに表現された内容になっています。

教祖のみ教えを現代社会の中で活かしていきたいと考えておられる先進的な方々、
あるいは、昔ながらの型にはまった教話にもどかしさを感じておられる方々にとって、
とても有意義なお話だと思います

この記事を読みに来て下さるような方々は、
きっと、今回の動画は、もう既に視聴し終えておられることでありましょう。

しかし、これまで毎度述べていることの繰り返しで恐縮ですが、
動画を普通に視聴した後で、
それを改めて、ゆっくり【文字】を追いながら復習することで、
また違った気付きを得たり、より理解を深めたりすることがあるかもしれません(笑)

ですので、茶木谷先生の素晴らしいご講話の【文字起こし】、
ぜひ、最後まで読んでいってください。

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今回紹介する動画について

今回、紹介【文字起こし】するYouTube動画は、
養徳社運営「陽気チャンネル」の中の
【逸話篇の世界を旅する8】 茶木谷吉信・正代分教会長「前生のさんげ」
という動画です。

(YouTube【逸話篇の世界を旅する8】茶木谷吉信・正代分教会長「前生のさんげ」より)

動画公開日: 2021年2月6日
動画概要欄: 「現代の大きな問題となっている「不登校」や「依存症」。その解決の糸口を教祖はすでにひながたにお残しくださっている。」

動画概要欄に書いてある通り、この動画は、2021年2月6日に公開された動画です。

この動画を視て、そしてそれを【文字】で再確認することで、
おたすけに必要な「リフレーミング」ということについての理解を深めることができます。

この動画を新しいタブで視聴したい方はこちらからどうぞ↓
https://www.youtube.com/watch?v=90dB5W_VZsU&t=1s

それでは、茶木谷吉信先生のYouTube講義、
一緒に【文字】で学んでいきましょう。

茶木谷吉信先生講話~「前生のさんげ」をめぐって~【YouTube文字起こし】

friends big and small father

ハイ、みなさん。こんにちは。

今日はですね、
今日取り上げるご逸話は、172番「前生のさんげ」っていう、
こういうご逸話を今日は取り上げてみたいと思います。

ちょっと、目の前にね、今日は、ギャラリーの方が、ちょっとお出でになってましてね、
だんだん公開収録みたいな感じになってきてるんですけど、
公開収録、必ずいつかやろうと思ってますので… えぇ。
まぁ、今日はちょっと、いろんなギャラリーの前でやらして頂いております。

まずはですね、
この、「前生のさんげ」。
なんで、今日、このご逸話を取り上げてみようかなと思ったか、と言いますと、
やっぱりこれ、すごくね、
今、現代の「おたすけ」にすごく役に立つ、 これご逸話なんです。
私はそういうふうに思っています。

『天理教稿本教祖伝逸話篇』172番「前生のさんげ」のご逸話紹介

まぁ…まずは、何はともあれ、このご逸話を味わってみてください。
どうぞ。

「172 前生のさんげ」

 堺に昆布屋の娘があった。
手癖が悪いので、親が願い出て、教祖に伺ったところ、
「それは、前生のいんねんや。 この子がするのやない。親が前生にしておいたのや。」
と仰せられた。

それで、親が、心からさんげしたところ、鮮やかな御守護を頂いた、という。

ハイ。ま~、何とも短い。
『逸話篇』の本文にしたらですね、これ、たった6行しかないんですよ。

今回のご逸話には、現代における「おたすけ」へのヒントがある

この6行のご逸話の中に、
じゃあ、何の 現代の「おたすけ」の、
そういうヒントが隠されているのかっていうと…
私は、こういうふうに思うんですね。

つまり、この、今 読んで頂いた、
この「前生のさんげ」の中に出てくる、症例というか、
子どものその症例がですね、
現代の言葉では「窃盗症」っていう言葉になっています。
これ、一つの依存症なんです。
昔は「窃盗依存」と言われてます。
で、今「クレプトマニア」っていうふうに言いますけども、
いわゆる、「窃盗症」の症例に対する「おたすけ」なんです、これは。

だから、すごくね、これは、現代にとってもね、
すごく参考になるご逸話なんじゃないかな、
と 私は思って、今回ご紹介するわけです。

私、今、地元でですね、主任児童委員という役をやっています。
主任児童委員って何かってというと、
0歳から18歳までの子どもさんに対する、福祉のケアとか、
そういうのを主に、御用としてやらしてもらってるんですけども…

やっぱりね、 相手するのは子どもの心ですから、
迂闊(うかつ)に触ると、やっぱケガするでしょ? 
こっちもおっかないし、むこうだって、
とりかえしのつかないケガさしちゃうかもしれない…。
心に1回傷がつくと、すごくやっぱりこれ、重たいので。

だから私、ちょっと自分でも勉強してみようかなぁと思って、放送大学っていう大学、
…私、今、大学生なんです、こう見えても。ハイ…ハイ…(笑)
何でしたら、ここに出しましょか? 学生証を(笑)
で、そこで取った資格が、「認定心理士」っていう資格を取りました。
55~56歳ぐらいから、多分、大学生になったと思うんですけどね…。
で、(資格を)取とりました。
それから、おぢばでね、「不登校支援相談員」っていう資格を取る、
そういう講座を開いているところもありますので、そこにも通いましてね、
「不登校支援相談員」っていう資格も、私、今持ってるんですけども…。

まぁ、子どもの相談に乗るっていうのは、
とってもやっぱり、こう、いろんなケースがあるんですね。

今、特に…、例えば、不登校の問題。これは多いですね。
どこの小学校でも中学校でも、必ず、不登校の子はいます。ハイ。絶対います。

それから虐待ですね。これはもう、非常に今、大きな問題になっています。
それから、非行。これは昔からありますけれども…。

あるいは、いじめの問題ですね。
非行が治まってくると、いじめが出てくるんですね。

それと、あと、ゲーム依存、ネット依存ですね。多いでしょ? 
例えば、夜ね、ゲームの前から離れないっていう子どもがいるんです。
そういう時、親は何て怒ります? おまえ早く寝なさい!って言うでしょ? 
で、それでも子ども、寝ようとしないですよね。
そんで、もぅ、親怒っちゃって、
そのゲーム機をなんか取り上げて、窓から捨てたっていう、
そういうことをする親さえ、いるんですよね。

厄介な問題であればあるほど、教祖のひながたに解決のヒントがある

でもね、なかなかこの問題、厄介なんですよ。
で、厄介な問題であればあるほど、
私は(教祖の)ひながたに、
絶対、その(解決の)ヒントがあると思っていましたので、
これ、探したんですね。
…で、行き当たったのが、
この「前生のさんげ」っていう、こういうご逸話なんです。

で、これ、『逸話篇』に載るぐらいですから、
その原典がある、原本があるんですよ。
いわゆる…、要するに、出典元っていうのがあるんですよ。
どこからこのご逸話を引っ張ってきたか。

それを調べてみると、
このご逸話は、実は、
出典は、『正文遺韻』っていう本に、実は、載ってるんです。
で、『正文遺韻』をよく読んでみると、
やっぱり私のにらんだ通り、
すごく、この「窃盗症」に特徴的な行動が書かれていました。

で、この場で『正文遺韻』を読む…(本当は)読んだ方がいいんですけど…、
実は、『正文遺韻』の言葉遣いって、すごい文語調なんですよ。
昔の、古文調なんです。
だから、なかなか、現代人の方は難しんいです。
読んでもわかんないんです。

「前生のさんげ」というご逸話の元となる『正文遺韻』文語の現代語訳

だから、ちょっと、私の文責で、私の責任で、
ちょっとそれを思い切って、現代語訳にしてみました。

それを読んでもらう。
で、誰に読んでもらうかっていったら、
いつもMC…、最初にアナウンサーとして出て頂く、
実は「武本さん」という女性なんですけども、この方に朗読をお願いしました。
そしてですね、ただ朗読を聴くだけでは、
やっぱりこう、なんか情景が浮かばないので、
そのバッグに、「金巻とよじさん」という漫画家さん、
この方、今『陽気』のね、「ひのき家の人々」っていうのを描いてますけども…ハイ。
この人に…。(あの漫画)面白いですね。
あの方にお願いして、絵をつけてもらいましたので、
ちょっと「まんが日本昔ばなし」風に、これからお届けします。
ちょっとお楽しみください。
どうぞ。

「子どもの盗癖おさとし」

 泉州堺に ある男がいました。
この男の奥さんは、10年前に亡くなりました。

その時、3歳になる娘がいましたので、再婚を勧める人もいました。
しかし、娘が継母に苦労するかもしれないと思い、独身で過ごすことに決め、
もともと職人でしたが、それを辞めて、昆布売りになりました。
幸い近所に姉が住んでいましたので、昼間は姉に娘を預け、
昆布を担いで、一里内外のところを売り歩いて、わずかの収入を得ると、
早く家へ帰って、娘 を大切に育てていました。

そうこうしているうちに、娘も10歳を越えましたので、
もう大丈夫だろうと、2里3里と、遠く出かけて売るようになり、
時には一晩くらいは帰らない日もありました。
そういう時は、食べ物もお小遣いも娘に与えて、
決して不自由な思いはさせませんでした。

さて、この娘ですが、
5~6歳の頃から、人のものに手をかける癖が出始めました。

時々ご近所から苦情を聞いていましたので、心配していたのですが、
成長すると共に、ますます激しくなってきて、
よその家に遊びに行っては、必ず何かを持って帰って、
これを売り、食べ物を買って食べるのでした。

父は厳しい意見をして、たびたび叱りました。
そしてついに、可愛い我が子だけれど、こうするしかない。
お前を殺して、私も自害して死のう、
と、2階の柱にくくりつけて、泣きながら、激しく叱りました。

娘も大変反省したようで、泣きながらこう言いました。
「私も、最初から人のものを盗もうという気持ちはないの。
お父さんから叱られるそのたびに、
もぅ決して盗みはしない、と固く決心するの。
でも、どういうわけか、人のものを見たら、どうしてもほしくなって、
気がついたら持って帰っているの。
今日から注意するから、どうか許して。」
こう言って、娘はまた泣きました。
それを聞いた父親も、 ついに手を下すことができませんでした。

しかし、娘は、なおも変わらずに、時々 盗みを働きます。
父親は困り果て、嘆きながら暮らしていましたが、
この道で助けていただけるという噂を聞きました。

ある日、昆布を担いだまま、おぢばがえりをし、
「神様が何でも助けてくださると聞きましたので、
こうしてやってきました。
この娘の癖を助けてはいただけませんでしょうか。」
と、願い出ました。

仲田儀三郎が取り次いで、教祖に申し上げると、教祖は、
「どういうことも叶えてやるが、
神のいうこと、守れるか守れんか、聞いてみよ」
と仰せになりました。

これを昆布売りに申し伝えると、
「もうどんなことでも守ります。
3歳の時から10年余り、
男の手一つで育て上げるのは、並大抵の苦労ではありませんでした。
どうかお助けください。 」
と、涙を流しながら答えました。

仲田がこのことを教祖に申し上げると、

「この娘は、前生にてお前の妻であったのや。
相当な暮らしをしていて、何不自由ないのに、
お前が夫の身でありながら、
今 娘がしている通りのことをしていたのや。
その時、妻は、なんべん泣いて諫めたか分からん。
それにもかかわらず、少しも言うことを聞かなかったので、世間を恥じて、
❝情けない人や。
こんなことさえしてくれねば、立派に通れるのに。
むごいことをしてくれる❞
と、嘆いたり恨んだりして、それが積もり積もって死んでしもうた。
そこで、この世は、親子となって、その理が現れてきたのやで。」

と 仰せになりました。

仲田が、このことを教理のお話と共に、父親に申し伝えました。

父親は、大変心に響いたようで、
涙を流してお詫び申し上げ、喜んで帰っていきました。

その後、ひと月ほど経って、
もう一度おぢばに父親が帰ってきました。
そして言うには、
「その後、すっきり娘の癖は治りまして、
今は、安心して暮らしております。」
とのことでした。

実に不思議なことでした。

ハイ。いかがですか?

今、絵を描いて下さったのは、金巻とよじ先生なんですけど、ご存知ですか? 
『陽気』って(いう雑誌)、この(2021年)1月にリニューアル しました

ずいぶん雰囲気変わりましたですよね。
で、この金巻とよじ先生も、この『陽気』にも4コマ漫画書いておられますし、
もうちょっと後になりますけども、ちょっとまとまった分量の漫画を連載されるというふうにお聞きしています。
これも楽しみにしていて下さい。

私、今年(2021年)の4月に、青年会の『大望』(という雑誌)が無くなるというふうに聞きました。
ハイ、そうなんですよ。
で、私今までね、『大望』持って行っていた講社祭のお宅に何持っていこうかなと思って考えてたんですけど、この新しくなった『陽気』、これはいいわと思って、 私持っていこうと思っています。

全員、こういうふうに『陽気』に変えていこうと思っていますので、ハイハイハイ。
だから…、それぐらいね、ちょっと軽いタッチで、おしゃれな雰囲気に変わりましたので、
どうぞ、皆さま、『陽気』を、ちょっと購読してみて下さい(笑)

窃盗症、依存症は、本人の努力や根性では治らない

本題に戻りますね。ハイ。

この、今のね、物語をね、聴いて頂いてお分かり頂けましたようにね、
「窃盗症」に特徴的なことっていうのは、
この娘は、悪いということに気がついてるということです。
悪いということに気がついてる。
で、もうしないって決心してるんです。
でも、気がついたら持って帰ってるんです。

これがですね、実は、この窃盗症の特徴的な症状です。
もっと言えば、…これ、依存症ですね。
依存症に特徴的な、これは症例なんですね。

で、例えば、依存症の人の多くはね、
立ち直らなきゃならないし立ち直りたい、と思ってるんです。

でも、気がついたら飲んでる。これはアルコール依存です。
気がついたらパチンコ屋の前にいる。 これがギャンブル依存。
あるいは、気がついたら競馬場の前にいる、とか。
あるいは、気がついたらゲーム機の前に座っている。これがゲーム依存です。

でね、本人の努力とかね、意思の根性とかね、
そんなもんでね、治るもんじゃないんです、これは。
治らないんです。ハイ。
病気なんです、1つの。

それをまずはっきり分かっとかないと、
依存症の「おたすけ」って、かかれないです。

依存症の人をいくら責めても、絶対に止まらない

ところがね、皆さん、本人責めるでしょ? 
例えば、不登校。
なんて責めますか? 
「なんでお前、学校行かないんだ!?」
って。絶対言いますよね。
「なんで学校行かないんだ?」って。

例えば、ゲーム依存、ネット依存も、アルコール依存も…
「なんで飲むの!?」って。
「なんでパチンコするの!?」って。
こんだけ借金しまくって、なんでパチンコに行くの!?
って…。言うでしょ?

だから、そうやって、
なぜ? なぜ? なぜ? って聞いていくんですよ。

芸能界だってそうじゃないですか。
覚せい剤。この間もね、もう、いろんな人が覚せい剤に手を出してますけども。
やめないでしょ? 大麻とか。

で、みんな、マスコミたたきまくるんですね。
もぅダメだ、こいつはダメだって。
もう芸能界から追放しろって。テレビ界から追放しろって言う。
…で、これだけ酷い事をやってても、なお、止まらないっていう。

だから、本人を叩いたって止まらないんです、これ。

で、これが、依存症の「おたすけ」の、一番最初に考えるべきところなんですね。

 Why? で聞くな What? で聞け

つまり、
なぜ? なぜ? なぜ? って聞くんですよ。
なぜするの?
なぜ学校行かないの?
なぜゲームするの? (って)

で、私のね、お友達でもあり、先輩でもあった、
宮崎伸一郎という方が、いつも言ってましたね。

Why? Why?  つまり、なぜ?なぜ? って聞くな。Why? で聞くな。

…じゃあ、なんて聞いたらいいのかっていうと、
What? で聞けって言うんですよ。

つまり、「なぜ?」 って聞くんじゃなくて、
「なに?」 って聞くんです。

この子どもが学校に行かないのはなぜだろう?
っていうふうに聞くんじゃなくて、
原因を探すんじゃなくて、
この子どもが学校に行かないっていうのは、
「私にとって何なんだろう?」
っていうふうに視点を変える。

これが実は、非常に大きな、この変化のポイントになるんですね。

 だから、叩いても…、
さっきも言いましたように、叩いても叩いても治らないものですから…
ちょっと前に、陸上の女子選手がやっぱり窃盗症で、マスコミに叩かれましたね。
もぅ、しょげ返ってましたけども、
あれだってね、やっぱり、叩いて治るってみんな思っているんです。
(でも)違うんですね。

で、例えば、不登校の場合。
不登校の場合は、これに加えてね、
今度は、学校とか担任とか友達とか、そういうのが原因に入ってくるんです。

なんで学校行かないの?
え? 先生が怖いの?
学校が怖いの?
友達からいじめられるの?
何なの?
って、なぜ?なぜ?なぜ?なぜ? って聞いていくわけですよ。

実は、そうやっていっても、不登校は治りません。
治りません、ってはっきり言っちゃうとダメだけど、
治らないケースが多いです。ハイ。

で、例えば、アルコール依存、ギャンブル依存、
なんていうのは、攻める、攻め続けるから、
そこでね、またね、そこから、
その責められることから逃げたくて、またアルコールに手を出す。
これ「スリップ(※)」って言います。

で、また、依存症が発症してしまう。
これ「リラプス(※※)」っていうんですけど、
そういうふうに、どんどんどんどん、また、元の道に戻るようなことを、
実は、周りは助けようと思って、やってしまう。
これが、「おたすけ」にかかる時に、
非常にややこしいことを引き起こしてるんですね。

(※)スリップとは、
お酒、薬物、ギャンブルをやめている最中に、極一時的に、再びお酒や薬を使用したりギャンブルをしたりすること

(※※)リラプス = 依存症の再発
【relapse】
   (英辞郎on the WEBrelapseより)
 〔自動〕《医》〔病気が〕ぶり返す、再発する 〔通例悪い状態に〕逆戻りする
 〔名〕 《医》〔病気の急な〕ぶり返し、再発 〔通例悪い状態への〕逆戻り

依存症対策全国センターHPもしもスリップ(再飲酒、再使用、再ギャンブル)してしまったらより

「前生のさんげ」のご逸話は、リフレーミング のお手本

で、じゃあ、何でこのご逸話が役に立つかっていうと、
たとえば、これ、
子どもを責める、当事者を責める…(という具合に)、
私たち一つの問題を見る時に、
フレーム越しに物を見ている、
というよりも、私たちが見ているもの全体が一つのフレームっていう…、
フレームって枠ですね…、
という考え方をするんです。

例えば、
子ども、当事者…、
アルコール飲んでいるあなたが悪い、
あなたの根性がない、
あなたの家族に対する思いやりがない、
そういうことで責めてしまう…。

これは、
(私たちが見ているもの全体を)一つのフレームとして、
(その現象を)この中に見てるわけですね。

子どもの場合は、
ここに、学校に行かないあなたが悪い
(という、見えているフレームにおける位置付けがある)

ここ(自分の作りあげたフレームの中)に、例えば、学校が入りますね。
あるいは友達が入りますね。
(それに続けて)いじめられてんじゃないかとか、
担任の先生が厳しいんじゃないかとか…、
(その他の要因も)こうやって入ってくるんです。
で、ここで=フレームの中で、ゲームを探そうとするんです。

ところが、
この教祖のご逸話を見てみると、
これ、本人責めておられないんです。この昆布屋の娘を。
ね、そうでしょ?
「子どもがするのやない」っておっしゃってるんです。

親にしてみたら、
2階にくくりつけて、お前殺して俺も死ぬっていうぐらい、
もぅ悩んでいるお父さんに対して、
「この子が悪いんじゃないよ」っておっしゃってるんです。

「ハ?」 その「ハ?」と(親が)思った瞬間に、
「お前や」っておっしゃってるでしょ?
「お前が前生でしておいたのや」っておっしゃるわけ。

ここでね、実は、このフレームが、変わるんです。

 つまり、「お前」(や)。え? 俺? って(笑)
教祖から(そう言われて)… 
え? 私? って(思ってもみなかったことを言われて)、
つまり、ここ(=フレームの中)に、
何もどこにもこない(入っていなかった)私が、
(突然)ここに入ってくる。
「私」が、ここ(フレームの中)へ入ってくる。あるいは家族ね。
私や家族が、このフレームの中に入ってくるわけです。

実は、本当のフレームは、こういうフレームだったっていうことです。

このフレームで、でかいフレームで見ないと、
この問題は解決しないよ、っていうことです。

これは、教祖が仰せになった、
たったの6行ですけど、
その中に実は表れているのは、この…、
これね、今の言葉で「リフレーミング」って言います。
つまり、フレームを変える、作り替えるっていうことです。

「リフレーミング」っていう、
これは、家族療法だとか心理学の世界ではよく使う言葉なんですけど、
教祖が、たったこの短い6行の間でなさっているのは、
「リフレーミング」ってことをなさってるんです。

これが、とっても今の、現在の、 こういうことを解決するのに、大切な視点なんです。

 自分を入れ込んだ「リフレーミング」➡【私の問題である】ことの気付き

例えば、この中に、私や家族入ってきただけで、
どういうふうに物事が変わるか。

例えばこの娘さん。
3歳でお母さんと死に別れてますよね。でしたよね。
3歳って数えですから、満で言ったら1才半か2歳ですよ。
おそらくこの娘は、お母さんの顔を知りません。

でも、お父さんは、(娘が)可愛いあまりに、
継母に苦労さしたらいかんっていうんで、
男手ひとつで育てるんだけど…
ね、やっぱり、子どもにしてみたら寂しいわけですよ。

いくら小遣い与えられたって、いくら食い物与えられたって、
寂しいんですよ。ね。
で、当然、そこに身につくべき、 受けるべき愛情は、
やっぱり、そこでもぅ足りなくなってくる。
これ、今の言葉で言ったら「愛着障害」って言います。

この娘さんは「愛着障害」なんです。
「 愛着障害」であるがゆえに、問題行動を起こす。
人の物を盗って、ね、これ無意識ですよ。意識的にやってんじゃない。
人の物を盗って、問題行動を起こしてる間は、
お父さん、私のこと見てる。
お前っ! って、こうやって、構ってくれてるわけですね。
真っ正面からいくら刃物を突きつけられたって、
私のために、こうやって言ってくれてる。
(娘さんは)これが欲しいんですよ。
これ、無意識ですけど。

だから、そういう、
私を見てよ、もっと私に関心持ってよっていう、
この、子どもの叫びみたいなものが、
「あぁそうか。 (これは)私の問題なんだ。家族の問題なんだ。」
(と気付くことによって)、
今までフレームの中に入ってなかった、私や家族がここに入ってくる。
そうすると、当然、
お父さんは、娘に対する接し方が変わってきます。

 そして1ヶ月後、きた時に、
もうすっかり手癖が治りましたって、ありがとうございました
って、ご守護を頂戴するわけですよね。
そういう結果にいく。

だから、この『正文遺韻』を、こう読んでみて、はじめて、
やっぱり、この「リフレーミング」ってことが浮かんでくるっていうのが、
僕は、このすごいところで…
教祖っていうのは、やっぱり、本当に、
現代に通用するような「おたすけ」を、
もうこの時代からやっておられるっていうことを、
私は、このたった6行のご逸話から学ばしてもらった、っていう ことなんですよね。
そうなんです。ハイ、ハイ、ハイ…。そうだと思うんですね。

どうか、皆さんもね、
いろんな子どもさんの相談事やら、
あるいは、ギャンブル依存症、アルコール依存…
いろんな相談を受けることがあったとしたら、
この「リフレーミング」ということを、
まず、やっぱりちょっと頭の中に置いて相談されたらどうかなぁ、
というふうに、私は思っているところです。

ハイ。
今日は、教祖の、この172番「前生のさんげ」っていうご逸話から、
「リフレーミング」ということをね、学びました。
何かの参考にして頂けたらな、というふうに思います。

最後までお聴き いただきまして、ありがとうございました。

陽気チャンネル逸話篇の世界を旅する【逸話篇の世界を旅する8】茶木谷吉信・正代分教会長「前生のさんげ」より)

さまよい人
さまよい人

「リフレーミング」がキーワードですね 

「リフレーミング」について検索してみると、
ウィキペディア(Wikipedia)には次のように書かれてありました。

リフレーミング(reframing)とは、
ある枠組み(フレーム)で捉えられている物事を 枠組みをはずして、違う枠組みで見ることを指す。
元々は家族療法の用語。

西尾和美リフレーム 一瞬で変化を起こすカウンセリングの技術』によると、
リフレームの目的は、今までの考えとは違った角度からアプローチしたり、視点を変えたり、焦点をずらしたり、解釈を変えたりと、誰もが潜在的に持っている能力を使って、意図的に自分や相手の生き方を健全なものにし、ポジティブなものにしていくこと」(32p)
とのこと。

同じ物事でも、人によって見方や感じ方が異なり、ある角度で見たら長所になり、また短所にもなる。
例えば、試験で残り時間が15分あった場合、悲観的に考えた場合は「もう15分しかない」と思えるし、また楽観的に考えた場合は「まだ15分もある」と思える。

(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>「リフレーミング」より)

動画を視聴して思うこと

man holding girl heading towards sea photo

皆さん、いかがでしたか?素晴らしいお話でしたね。

私も、この茶木谷吉信先生の「前生のさんげ」のご逸話をめぐるご講話を聴いて、
とても感動しました。

現代人が頭を悩ませている「依存症」という大きな社会問題。
それにどう向き合うべきなのかという、今の時代に非常にタイムリーなテーマ。
それを取り扱って下さって、まさしく、興味深さ ほとばしるような内容でした。

茶木谷先生がご教示下さった、
現代において依存症等の治療に用いられる「リフレーミング」という手法。
おそらく、そのような概念など皆無だったであろう教祖ご在世の時代に、
既に教祖は、それを大いに用いて人々を救済しておられたのですね。
嗚呼、おやさま…。強く深い感銘を受けました。

「前生のさんげ」というのは、つまり「いんねん」のお話ですよね。
今回のご逸話は、
昆布屋の男が「いんねん」を自覚することによって救われた
という話でもあるわけです。

お道の中で「いんねん」話に嫌悪感を抱く人は少なくないようですが、
私にとって「いんねん」話は、信仰の土台となっています。
コミュ障気味な性格にも関わらず天理教分教会長を引き受けることを私に決断させたのも、
自らの「いんねん」の自覚でしたし。

まぁ、私のことはどうでもいいのですが、
「いんねん」話を通してお道にご縁を頂くことになった方というのは、
きっと、少なくないのではないでしょうか。
お道の感話などで、自分の「いんねん」が腹に納まって心の向きが変わった、
という話はよく耳にします。
これまでは、そうした現象について深く考えることもなく、
何となく受け止めていました。

しかし、今回、茶木谷先生のこの講話を聴いて、
それは、
「いんねん」のご教理を聴くことで、
自分が持っている「フレーム」が崩れて再構築される(=「リフレーミング」)
というメカニズムによって成り立っているのだ、
ということを学びました。

このことを敷衍して考えるならば、
問題を抱えて苦しむ人の
心の向きを変えるために「いんねん」の話を説く際に、大切なこと。
それは、「いんねん」のご教理そのものなのではなくて、
本当に大切なのは、
「いんねん」のご教理によって、
その人がその時点で抱えている「フレーム」を見つめ直す【きっかけ】を与えること。
(可能ならば、そこから、
それを天の理に沿うように作り替える「リフレーミング」まで進んで頂くこと。)
そのように言えるのかもしれませんね。

救済の足がかり=自分を入れ込んだ「リフレーミング」

「リフレーミング」=枠組みを作り替えること、
その大切さはわかりました。

そうなると、次に問題となってくるのは、
では、その枠組みを、どのように作り替えればいいのか、
という「内容面」になってきます。

それに関して、茶木谷先生は、
「フレーム」の中に【自分を入れ込む】ことが大切、
と教えて下さいました。

茶木谷先生の動画内の言葉を、私なりの言葉を補なって再掲します。

この教祖のご逸話を見てみると、
これ、(窃盗症の)本人(娘)を責めておられないんです。この昆布屋の娘を。
ね、そうでしょ? 「子どもがするのやない」っておっしゃってるんです。

親にしてみたら、
2階にくくりつけて、
お前殺して俺も死ぬっていうぐらい悩んでいるお父さんに対して、
「この子が悪いんじゃないよ」
っておっしゃってるんです。

(教祖のお言葉に対して父親が)「ハ?」と思った瞬間、
(教祖は)「お前や」っておっしゃってるでしょ?
「お前が前生でしておいたのや」っておっしゃるわけ。
ここでね、実は、このフレームが(ガラッと)変わるんですよ。

つまり、
(娘の手癖の悪さは)「お前」(のことなんやで)。
え? 俺(のこと)? って(父親はビックリする)
教祖から(そう言われて)、え? 私(のこと)? って
(思ってもみなかったことを急に言われて驚く。)

つまり、
ここ(=フレームのこと)に、
(それまで)何もどこにも(フレーム内に)入っていなかった
(第三者的だった)私(という存在)が、
(突然)ここに入ってくる。
「私」が、ここ(フレームの中)へ入ってくる。あるいは家族ね。
私や家族が、
(教祖からのお諭しを受けて)このフレームの中に入ってくるわけです。 

実は、本当のフレームは…
(私が第三者として外側に存在している『枠』じゃなかった。)
(➡私は、これまで自分は『枠』の外だと考えていた)
(本当は)
こういう(私や家族を含んだ)フレームだったんだ、っていうことなんです。

この(私や家族を含めた)フレーム、でかいフレームで見ないと、
この問題は解決しないよ、っていうことです。

「リフレーミング」の中身として大切なのは、
フレームの「外側」にいた自分を、
フレームの「中に入れ込んで」とらえられるようになることである、
という茶木谷先生のご指摘。
【重い】です。
(=自らを安全地帯にとどめておくことを許してくれない…)

苦しみの現場から一歩引いた場所、
第三者的な位置からその現象を見ている限り、
いつまでたっても「本当の助かり」のスタートラインには立てない。

苦悩の現象の中に自分も入れ込んだ「リフレーミング」を行い、
【自分も含めた】問題として受け止め、
その意味を考えていくことで、
初めて「本当の助かり」に向けて歩み始めることができるのだ、
ということを学ぶことができました。

今後、何らかの苦悩の現象に遭遇した際には、
今回の学びを生かして、
その時点での当事者の「フレーム」がどうなっているのか、
自分も含めて、そのフレームに当然含まているはずのキャストを見逃していないか、
それらをしっかり踏まえて「フレーム」の再検討を行うことを心掛けたい。

そして、より天の理に沿った「リフレーミング」ができるように
勉強、研鑽を重ねていきたい。

そのように思いました。

まとめ(今回の動画からの学び)

photography lifestyle experimental
  • 自分の力ではどうしようもできない依存症等で苦しんでいる人には、
    「Why?」で聞かず「What?」で聞こう

  • 原因を探すのではなく、
    この現象は、私にとって何なんだろう?
    と、その「意味」を考えるように 視点を変えよう

  • 問題を解決するために、
    自分がとらわれている「フレーム」を作り替え
    「リフレーミング」を行う、
    という視点を持とう

  • 自分を入れ込んだ「リフレーミング」を行い、
    その現象は【自分の問題である】ということに気付こう

  • 「リフレーミング」の中身として大切なのは、
    フレームの外側にいた自分を
    フレームの中に入れ込んでとらえられるようになること

  • 苦しみの現場から一歩引いた場所、
    第三者的な位置からその現象を見ている限り、
    いつまでたっても、「本当の助かり」のスタートラインには立てない

  • 苦悩の現象の中に自分も入れ込んだ「リフレーミング」を行い、
    自分も含めた問題として受け止め、
    その意味を考えていくことで、
    初めて「本当の助かり」に向けて歩み始めることができる

  • 何らかの苦悩の現象に遭遇した際には、
    その時点での当事者の「フレーム」はどうなっているのか、
    そのフレームに当然含まているはずのキャストを見逃していないか、
    それらをしっかり踏まえて
    「フレーム」の再検討を行うことを心掛けよう

  • より天の理に沿った「リフレーミング」ができるように、
    勉強、研鑽を重ねていこう

以上、私が視て勉強になった、茶木谷吉信先生による
陽気チャンネル
【逸話篇の世界を旅する】動画シリーズ
逸話篇の世界を旅する8】茶木谷吉信・正代分教会長「前生のさんげ」

の YouTube動画を【文字起こし】紹介して、
それに少しだけ自分が学んだことを付け足して、
お届けしました。

最後にもう一度、対象のご逸話、
『稿本天理教教祖伝 逸話篇』172番「前生のさんげ」
を掲載しておきます。

「172 前生のさんげ」

 堺に昆布屋の娘があった。
手癖が悪いので、親が願い出て、教祖に伺ったところ、
「それは、前生のいんねんや。 この子がするのやない。親が前生にしておいたのや。」
と仰せられた。

それで、親が、心からさんげしたところ、鮮やかな御守護を頂いた、という。

これまで、毎回、最後に放たれていた「茶木谷先生キラーフレーズ」。
残念ながら今回の動画では出てきませんでした。
しかし、私は、ぜひとも付け足してほしい。
なので、この記事の中で、最後に付け足しておきます。

私たちの悩みや苦しみ、
必ず、おやさまは、「ひながた」にその解決法を残してくださっています。
困った時は「ひながた」を勉強しましょう。
そこに必ず、解決策があります。

ではでは、今回はこのへんで。

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