皆さん、こんにちは。ふらふら彷徨う「さまよい人」です。
「さまよいブログ」へようこそ。
突然ですが、皆さんはどんな性格ですか?
唐突に、何を⁉
いきなり、こんな問いを投げかけたというのも、
あれこれブログについての情報に触れていく中で、“ターゲティングをしっかりせよ”、みたいな記述が出てくるのに刺激されて、私のブログを読む人って、どういう性格の人だろうなぁ… という思いが湧いてきたからです。
ちなみに、私は、と言うと…
紛れもなく、バリバリの「内向型人間」です。
大勢の人とワイワイ騒ぐよりも、一人で静かに過ごす方がよほど心地よい。
本とかネット環境とか一人で楽しめるものがあれば、たぶん1週間ぐらい一言もしゃべらなくても全然平気。
いや、もっと長期間でも大丈夫かも…
そんな、超「内向型人間」の私ですが、それ(内向型)がいいと思ってここまで生きてきたわけではありません。
世の中は、「外向型人間」によって動かされ引っ張られる場面の方が圧倒的に多い。
超「内向型人間」の私は、たいていの場面で「壁の花」。人が何名か集まるような場所は、私にとって、常にアウェー。
こんなんじゃダメだ、もっと「外向的に」ならなければ… そういう気持ちはずっと持ってきました。
「外向的に」なれるものならなりたい。
しかし、なりたいと思ってなれるなら苦労はしません。
内向型人間は、頑張っても、どこまで行っても、やっぱり「内向型」なのです。
そんな中、メンタリストDaiGoの、“自分もどちらかと言うと内向型人間だし、内向型人間にも良い所があるよ”、というYouTube動画を視る機会がありました。
現代社会では、外向型人間の方が優れているという価値観を、暗黙のうちに皆で共有しています。
常に劣等感に苛まれて生きてきた内向型人間は、そうしたメンタリストDaiGoの言葉を聞くと、
そうか、内向型人間にも良い所があるのか、と勇気づけられ、救いを感じてさえいます。
そのメンタリストDaiGoがYouTubeの中でオススメしていた本を、このたび、取り寄せて読んでみました。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』という本です。
著者のスーザン・ケインという人は、著作の中で“自分も内向型人間だ”と述べています。
以下のTED講演の動画を視る限りではそのようには見えませんが…
そのスーザン・ケインが書いた『Quiet~内向型人間の時代』という本を読みました。
読んで、改めて、あぁ、内向型人間にも良い所があるんだ、と思うことが出来ました。
世の中には、私のような「内向型人間」も、たくさんいると思うのです。
そこで、私と同じような「内向型人間」に向けて、『Quiet~内向型人間の時代』という本を読んで感じた、内向型人間でもいいんだ、悲観することない、むしろこれからは内向型人間の時代だ、という思いを伝えたい、と思います。
「内向型人間」の人にとっては、きっと参考になることがあると思います。
また、「外向型人間」の人にとっても、自分とは異なる気質を持って生まれた人々を理解する助けになる情報があると思います。
ぜひ最後まで読んでいってください。
内向型と外向型、肉体的な違い
性格の「内向型」と「外向型」というのは、先天的なものなのか、それとも後天的なものなのか。
持って生まれたものなのか、それとも成長する中で身につけていくものなのか。
『Quiet~内向型人間の時代』という本によれば、
それについては既に様々な研究結果が出ており、完璧とはいえないものの、結果は一貫して、
内向性・外向性は40~50%は遺伝によるものだと出ているのだそうです。
ほぼ半分は遺伝によるんですね
そして、スーザン・ケインは、内向型か外向型を分けるものとして、発達心理学者のジェローム・ケーガン教授が唱えた、「外部刺激に対する神経反応の感受性が性格の向きを決める」、という説を紹介してくれています。
ケーガン教授は、アメリカの心理学者で、乳幼期から思春期までの追跡調査によって、
新しい刺激への反応が高かった乳児は「内向的」な性格になりやすく、
反応が低い乳児は「外交的」な性格になりやすい、
という結果を導き出しました。
人間には生来の気質が存在することを、実験で明らかにしたというわけです。
本書では、ケーガン教授の研究内容とその結果について、詳しく説明してくれています。
皆さまには、ぜひ実際に本書を読んでその研究内容の詳細に触れてほしいと思いますが、
ここでは、本書に書かれてある内容を、ごくごく簡単にまとめて紹介させて頂くこととします。
脳の遺伝的気質の違いが、「内向型の人」と「外向型の人」にタイプを分ける。
内向型か外向型かを分ける要因は、脳の「刺激に対する反応度」。
生まれつき脳の「扁桃体」が興奮しやすい(=高反応)乳児は、外界からの刺激に対して大きく反応し、成長すると、初対面の人間に対して用心深くなりやすい。
(扁桃体:感情脳とも呼ばれる原始的な脳であり、根源的な本能の多くを司っている部分)
逆に、「扁桃体」の反応が小さい(=低反応)乳児は、外界からの刺激に対しての反応も小さく、成長すると、周囲の人に対しての開放性が高くなりやすい。
(研究結果だけ見ると、内向型か外向型かは「遺伝で決まる」と結論づけているようにも見えるが、ケーガン教授は、どんな行動にも複数の要因が絡み合っているので、環境等も大きな要因であることは念押ししている)
双生児を対象にした遺伝研究では、内向型となるか、もしくは外向型となるかは、40%~50%が遺伝によるものだという結果が出ている。
すなわち、内向型か外向型かを分けるのは、脳の「扁桃体」の、刺激に対する反応度だ、というわけですね
- 扁桃体が【高反応】 ➡ 内向型
- 扁桃体が【低反応】 ➡ 外向型
私の言葉でまとめると、
刺激を受けた時、それが強い信号でインプットされる(高反応な)脳は、それを押さえようとしてアウトプットでは抑制的な反応となる。
逆に、刺激を受けた時に、その信号が弱くインプットされる(低反応な)脳は、それを増幅させようとしてアウトプットでは活動的な反応になる。
みたいな感じでしょうか。
ケーガン教授が念押ししている通り、 生まれつきの部分がすべてではなくて、生後の環境等も大きな要因であることを忘れてはなりませんが、
内向型とか外向型といったタイプは、生まれつきの部分が大きいというわけですね。
『Quiet~内向型人間の時代』の著者スーザン・ケインは、変わる部分もあるが生まれつきの部分が大きいということを、性格の「輪ゴム理論」という言葉を使って、分かりやすく表現してくれています。
私たちは輪ゴムのようなもので、自分自身を伸ばすことができるが、それには限度がある。
性格を変化させることはできるが、それには限度がある(=性格の「輪ゴム理論」)
(『Quiet~内向型人間の時代』P,150)
内向型、外向型というのは、生まれつきの部分が大きいという説。
私も含めた「内向型人間」にとって朗報だと言えるのでは?
外向型人間が幅を利かせる現代社会。
その中で肩身の狭い思いをしてきた「内向型人間」ですが、それは「脳」のタイプの違いから生まれた現象であるということ。
そういうタイプの脳の人間が、人類の長い歴史の淘汰を経た現在においても、まだ、全体の中のおよそ半数近く残っているというのは、それはきっと必要性があって残ってきたはず。
すなわち、意味があるはず。
そのように、思えるからです。
内向型と外向型、文化面での考察
内向型と外向型の違いについて、フィジカルというか生物学的な側面について見てきましたので、
次に、『Quiet~内向型人間の時代』を通して、その文化的な側面を見てみましょう。
外向型人間の方が社会的な評価が高いというのは、現代では、ほぼ全世界共通の現象だと思われますが、欧米、特にアメリカにおいてはそれが顕著である、とスーザン・ケインは記しています。
アメリカは、紛れもなく外向優位型社会であり、自分をうまく表現できないと、それだけで過小評価される国でもあります。
そうした外向優位型社会であるアメリカにおいては、これまで東洋人の沈黙に価値を見出す文化はなかなか受け入れられずにきました。
しかし、これからはアメリカにおいても、東洋的「静かな人」の力を重視すべきだし、それがもっと評価されるようになるべきだとスーザン・ケインは主張します。
その思いこそがこの著書を世に表すエネルギーになったわけですが、スーザン・ケインのそうした思いを分かりやすく表す言葉として、「ソフトパワー」という言葉が用いられています。
「ソフトパワー」とは何か。ウィキペディア(Wikipedia)では、
ソフト・パワー(英: soft power)とは、
国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力のことである。対義語はハード・パワー。
とあります。
主に国際外交分野で使われることの多い用語のようですが、ここでは、そういう意味ではなく、
ソフトウェアのパワー、すなわち、人を惹きつける力、自分の価値観や中身によって相手を魅了し敬服させてしまう、味方につけるような力のことを指しているようです。
本書では、スーザン・ケインが、プレストン・ニーという名前の台湾出身教授によるコミュニケーション学講座を受けた時に、アジア的「ソフトパワー」の特徴を説明してくれた話が紹介されています。
「アジア文化では、自分が欲しいものを得るために、しばしば微妙な方法を使います。
それはつねに攻撃的とは限りませんが、決してぶれない巧みな方法です。
最終的には、それによって多くを達成します。
アグレッシブパワーは相手を打ちのめすけれど、ソフトパワーは相手を納得させて味方にします。」(プレストン・ニー教授)
(中略)「ソフトパワーは静かなる粘り強さです。
ソフトパワーを発揮する人々は、日々の人間関係において非常に持続性があります。
そして、最終的にはチームを築き上げるのです。」と、プレストン・ニー教授は言った。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』P,248~249
マザー・テレサやブッダやガンジーといった歴史上の尊敬される人物も、ソフトパワーを使いこなしていた、とニー教授はいう。
アメリカでは全く評価されていない「静かな人」だが、そこには実は、大きな力、ソフトパワーが秘められている。
そのことを評価し、これからの時代は、文化を超えてそれを活用していけるようになるべきだ。
スーザン・ケインはそのように主張するわけです。
内向型人間の輝かせ方
内向型、外向型というものの違いを見てきました。
その上で、では内向型人間はどう活動していけばいいのか、ということについて、スーザン・ケインの著作から学んでいくことに致しましょう。
「自由特性理論」について
スーザン・ケインは、内向型人間が、その特性を活かして真の社会貢献を果たすためには、
まず「自由特性理論」という考え方を押さえておくべし、と訴えます。
スーザン・ケインは本書の中で次のように述べています。
(ブライアン・リトル教授が唱えた)自由特性理論によれば、
私たちは特定の性格特性を持って生まれるが—―たとえば内向性だ—―
自分にとって非常に重要な事柄、すなわち「コア・パーソナル・プロジェクト」に従事するとき、その特性の枠を超えてふるまえるのであり、実際にふるまっているのだ。つまり、内向型の人は、自分が重要視する仕事や、愛情を感じている人々、高く評価している事柄のためならば、外向型のようにふるまえる。(中略)
リトルによれば、内容が重要であり、自分の能力に適し、過度のストレスがかからず、他人の助力を受けられるようなコア・パーソナル・プロジェクトに関わるとき、私たちの人生は大きく高められる。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』P,263
「自由特性理論」とは、ハーバード大学等で心理学を教えていたブライアン・リトル教授が唱えた理論で、固定した特性と自由な特性は混在するという考え方です。
具体的に言うと、
人は特定の性格や特性を持って生まれるが、自分にとってとても大切なこと(=コア・パーソナル・プロジェクト)に従事しているときには、その性格の枠を超えて振る舞うことができる、
という考え方であります。
「コア・パーソナル・プロジェクト」とは
コアパーソナルプロジェクトって何?
コアパーソナルプロジェクトとは、自分が心の底から没頭できるテーマのことだよ
「コア・パーソナル・プロジェクト」というのは、ブライアン・リトル教授が唱える「自由特性理論」の大きな因子のようです。
ちょっと考えると、
自由特性理論(人は、固定した特性を持ちながらも、自分にとって重要な事柄に従事するとき等にはその特性の枠を超えてふるまえるという理論)というのは、
私たちの本質に反するように思える。シェイクスピアのよく引用される助言=「汝自身に忠実であれ」は、私たちの哲学的DNAの奥深くに存在する。
長期間にわたって「偽の」ペルソナを身にまとうというのは、多くの人にとって不愉快なことだろう。偽自己を本物だと自分に言い聞かせて性格に反してふるまえば、しまいには気づかないうちに燃え尽きてしまう。
ブライアン・リトルの理論(自由特性理論)がすばらしいのは、
この不快さを解消している点だ。内向型の人にとって外向型を装うことは不快をもたらし、道徳的な二律背反をももたらしうるが、それが愛情や仕事上の使命感によるものならば、私たちはシェイクスピアの助言通りに行動していることになる。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』P,264
すなわち、内向型人間でも、人間には固定的な特性と自由な特性は混在する(→自由特性理論)のだから、「コア・パーソナル・プロジェクト」(心の底から没頭できるテーマ)に取り組むことで、外向型人間のようにふるまうことができる、というわけですね。
「コア・パーソナル・プロジェクト」の見つけ方
「コア・パーソナル・プロジェクト」って、どうやって見つけたらいいの?
スーザン・ケインは、コア・パーソナル・プロジェクトを見つけるために、本書の中で、以下3つのステップを踏んでみることを推奨しています。
(自分のコア・パーソナル・プロジェクトを見つけるための3つの重要なステップ
①②は誰でもすぐに思いつくようなステップですが、③はなかなか踏みづらいステップかもしれませんね。
自分がうらやましいと感じること、それは自分が望んでいること。
その考え方は、メンタリストDaiGoも動画でも見たことがあります。
嫉妬の感情を利用して、自分が本当に望んでいるものを見つける、というわけですね。
しかしこれには、自分の中の嫉妬の感情を認めなければならない、という大きなハードルがあるので、実際に活用するのはなかなか難しいものがあるかもしれませんが…
「回復のための場所」を確保する
自分のコアパーソナルプロジェクト(心の底から没頭できるテーマ)が見つかったら、どうすればいい?
自分のコア・パーソナル・プロジェクトが見つかったら、まずは「回復のための場所」を確保しておけ、とスーザン・ケインは言います。
たとえコア・パーソナル・プロジェクトのための努力とはいえ、自分の性格にそむいて行動するには限界があるし、あまり長期間は続かない。(中略)
自分の性格にそむいて行動する最大の秘訣は、できるかぎり本当の自分のままでいることだ
――日常生活において、「回復のための場所」をできるだけたくさんつくることから始めるのだ。「回復のための場所」というのはリトル教授の造語で、本当の自己に戻りたいときに行く場所のことだ。
たとえば、リシュリュー川の小道のような具体的な場所であったり、セールス電話の合間の休憩のような、つかの間の時間であったりする。
仕事上の重要な会合を控えて週末の社交の外出をやめるとか、ヨガや瞑想にふけるとか、直接会うかわりにメールで用件を済ませるといったことでもいい。
幸運にも自分のオフィスがあるのなら、会議の合間にオフィスの扉を閉めて、そこを回復のための場所にしてもいい。たとえ会議の最中でも、座る場所や発言内容について慎重に配慮すれば、そこが回復のための場所になる場合もある。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』P,276~277
自分の本来の性格を乗り越えるべく「コア・パーソナル・プロジェクト」に取り組み続けるためには、
「回復のための場所」をできるだけたくさんつくっておくことが重要、ということですね。
「自由特性協定」を結ぶ
回復のための場所を見つけるためには、どうしたらいいの?
回復のための場所を見つけるために「自由特性協定」を結べ、とスーザン・ケインは言います。
回復のための場所を見つけるのは、簡単とはかぎらない。
土曜日の夜、あなたは暖炉のそばでゆっくり読書していたいのに、配偶者が大勢の仲間と食事に行きたいとしたら、どうすればいいのだろう?
電話セールスの合間にはひとりで自室に閉じこもりたいのに、会社が職場をオープンオフィスに改装したら、どうすればいい?もしあなたが自由特性を実践しようとすれば、家族や友人や同僚の助けが必要だ。
リトルはそれを、「自由特性協定」を結ぶことと呼んでいる。(中略)自由特性理論とは、私たちはみな、自分の特性にそむいて演技することがあるが、そのかわりに、残りの時間は自分自身でいられるということだ。
具体的な例をあげれば、毎週土曜日の夜に外出して楽しみたい妻と、暖炉のそばでゆっくりしたい夫がスケジュールを相談することだ。
たとえば2回に1回は外出、半分は家にいようという具合に。親友の結婚祝いパーティや結婚記念日には出かけるけれど、結婚式の前に3日間も続く仲間の集まりは欠席しようというのも、自由特性協定だ。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』P,278
回復のための場所を確保することで「コア・パーソナル・プロジェクト」が継続でき、
持って生まれた本来の自分の特性を乗り越えて、その人が輝いていける、ということですね。
そしてスーザン・ケインは、
実は、自由特性協定を結ぶべきもっとも大切な相手は「自分自身」だ、と言います。
自分自身と自由特性協定を結ばないでいると、精神的にも肉体的にも激しく消耗します。
十分な回復のための場所なしに、自分の性格に反して演技をしていると、楽しく感じられるはずのことさえ興味を失ってしまい、健康を危険にさらすことにもなります。
自分の感情をコントロールしようとする「感情的な労働」はストレスや燃え尽きをもたらし、循環器系の病気になる確率を高くします。
また、長期にわたって自分の性格に反して行動すると、自律神経系の活動を亢進させ、結果として免疫機能の働きを弱めるでしょう。
「コア・パーソナル・プロジェクト」を継続していくためには、自分の回復のための場所を確保することが何よりも大切。
スーザン・ケインはそのように教えてくれています。
自分自身も含めた、自分に関係する人々や社会環境と「自由特性協定」を結び、
「回復のための場所を」確保しながら「コア・パーソナル・プロジェクト」に打ち込む。
そのことによって、内向型人間も、持って生まれた本来の自分の特性を乗り越えて外向的な言動を発揮することができ、自分自身を輝かせていくことができる。
低く評価されがちな「内向型人間」だが、その性格は天与のものであり、
その特性を埋もれさせるのではなく、適切に発揮することで、大いに社会へ貢献することができる。
それが、『Quiet~内向型人間の時代』という本を通してスーザン・ケインが主張してくれている、尊いメッセージなのでした。
まとめ
- 性格の内向性・外向性は、40~50%は遺伝によって決まっている。
- 脳の遺伝的気質の違いが「内向型」と「外向型」にタイプを分ける。
- 内向型か外向型かを分ける要因は、脳の「刺激に対する反応度」。
- 脳の扁桃体が【高反応】 ➡ 内向型
- 脳の扁桃体が【低反応】 ➡ 外向型
- これまで低評価だった東洋的「静かな人」の力、そこにも大きな力、「ソフトパワー」が秘められている。
そのことを評価し、これからの時代は、文化を超えてそれを活用していけるようになるべきである。
- 内向型人間でも、人間には固定的な特性と自由な特性は混在する(=自由特性理論…人は、固定した特性を持ちながらも、自分にとって重要な事柄に従事するとき等にはその特性の枠を超えてふるまえるという理論) のだから、
「コア・パーソナル・プロジェクト」(心の底から没頭できるテーマ)に取り組むことで、外向型人間のようにふるまうことができる。
- 自分自身も含めた、自分に関係する人々や社会環境と「自由特性協定」を結び、
「回復のための場所を」確保しながら「コア・パーソナル・プロジェクト」に打ち込む。
そのことによって、内向型人間も、持って生まれた本来の自分の特性を乗り越えて外向的な言動を発揮することができ、自分自身を輝かせていくことができる。
- 低く評価されがちな「内向型人間」だが、その性格は天与のものであり、
その特性を埋もれさせるのではなく、適切に発揮することで、大いに社会へ貢献することができる。
終わりに
以上、スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』(講談社)を要約する形で、内向型人間を輝かせるにはどうしたらよいかについて学んだものを、まとめてみました。
もっと簡潔にまとめたかったのですが、私の要約力が弱く、ダラダラと長くなってしまいました。
(果たして最後まで読んでくださる方がいるかどうか…涙)
長くなりついでに、最後に私の感想をひとこと。
超「内向型人間」の私ですが、この本を読んで、とても勇気づけられました。
月並みな感想でお恥ずかしいかぎりですが、でも、本当にそうなのです。
内向型人間でもいいじゃないか、それはそれで役割があるんだ、そう思えたのでした。
内向型人間は、一つの個性であり、決して劣っているわけではない。
内向型人間は、適切な環境に置かれれば、十分に持てる力を発揮できる能力を備えている。
適切な環境を知り、それを整え、持てる力を最大限発揮しよう。
本書の中で訴えている以上のようなスーザン・ケインの主張は、私にとって、これからの大きな心の支えになってくれそうな気がします。
ちょっと覚え書き的意味で、印象に残った文章を最後に引用して置かせてください。
私のような「内向型人間」へのエールの意味も込めて。
内向型は自分を信じて、できるかぎり堂々とアイデアを述べる必要がある。
何も外向型を真似しなさいというのではない。
静かにアイデアを語ることはできるし、手紙で意思疎通することもできるし、講義としてまとめあげてもいいし、仲間の助けを借りてもいい。
内向型にとっての秘訣は、世の中の一般的なやり方に流されずに、自分の流儀を貫くことだ。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』P,221
ウォーレン・バフェットは、過去の実績を誇りに思っているだけでなく、つねに自分の「内なるスコアカード」にしたがっていることも誇りに思っている。
彼はこの世界を、自分の本能に焦点をあてる人と、周囲に流される人とに二分している。
「自分であれこれ判断するのが好きなんだ」とバフェットは投資家としての人生を語る。
「システィーナ礼拝堂の天井画を描いているようなものだ。
『なんてすばらしい絵だろう』と褒めてもらうのはうれしい。けれど、それは自分の絵なのだから、誰かに『なぜ青ではなく、もっと赤を使わないんだ?』と言われたら、それで終わり。
あくまでも自分の絵だから。彼らが何を言おうがかまわない。
スーザン・ケイン『Quiet~内向型人間の時代』P,225
絵を描くことに終わりはない。
それがなにより素晴らしいことのひとつだ。」
ではでは、今回はこのへんで。
コメント