「元の理」勉強~PART19 深谷忠政著『元の理』からの学び

『「元の理」勉強~PART19』アイキャッチ画像 「元の理」勉強

Dear everyone,

こちらは、
ふらふら彷徨う「さまよい人」による
『さまよいブログ』
= 彷徨う新米教会長の【自己学習ノート】です。

前回まで
shin・秋治先生の「元の理探訪記」動画を【文字起こし】して
「元の理」の勉強を行いました。

こちらも見てね!!

shin・秋治先生は
「元の理」を科学的視点から解釈しようとするというお立場で、
それまで私にはそのような視点がなかったので、
とても勉強になりました。

そして、shin・秋治先生の「元の理探訪記」動画の中でたびたび出てきたのが、
「十六年本」では こう書かかれている…
という表現でした。

信仰落第生の私は、「十六年本」についてよく知りません。
「十六年本」ってどんなこと書いてあるのだろう、
と気になりました。

そこで、「元の理」勉強の締めくくりとして、
「十六年本」に関して調べて、
その中の
shin・秋治先生の「元の理探訪記」動画で取り上げられていた部分を書き出しておこう
と思いました。

「元の理探訪記」動画の中で 主に「ふくちゃん」が紹介していた「十六年本」の内容
ってどこに載ってるのかなぁ…
と思いながら、本棚を眺めていたところ、
深谷忠政先生著『教理研究 元の理 改訂新版』という本の
終わりの方に書かれてあるのを見つけました。

そこで、
深谷忠政先生の『教理研究 元の理 改訂新版』に書かれてあった
shin・秋治先生「元の理探訪記」で取り上げられていた「十六年本」の記述、
具体的には、
「親神の十全の守護の理に配して説きわけられた神名、即ち、十柱神の守護の理」詳説
という箇所の文章を、
自分自身の覚え書き的意味で
書写させて頂く事と致しました。

ということで、今回は、
一連の「元の理」自己学習の締めくくりとして、
shin・秋治先生「元の理探訪記」動画【文字起こし】から離れて、
深谷忠政著『教理研究 元の理 改訂新版』という本を元にして
「元の理」を勉強します。

「元の理」勉強シリーズは、一応、今回をもって終了とします。

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深谷忠政先生著『元の理』からの学び

それでは、
深谷忠政著『教理研究 元の理 改訂新版』
という本の後ろの方に書かれてある、
shin・秋治先生「元の理探訪記」で取り上げられていた「十六年本」の記述、
すなわち、
「親神の十全の守護の理に配して説きわけられた神名、即ち、十柱神の守護の理」詳説
という箇所の文章を、
自分自身の覚え書き的意味で
次節以降に書き写していきます。

『十六年本』とは

深谷忠政先生『元の理』という本の中の「十六年本参照・十柱神の守護の理」
を書写する前に、
まず、
その参照元である「十六年本」とはどういうものなのか、
「十六年本」というものについて
調べたことを記しておきます。

こふき話の内容は、
2代真柱・中山正善『こふきの研究』(昭和32年)巻末の手記本に詳しいが、
この種の手記本 ないし 写本は、
明治14年より 20年に至る間に書かれたものが 数十種存在し、
製作の年代によって、
14年本とか 16年本とか 呼ばれている。

(明治14年以前の写本で こふき話の内容の一部が 誌されているものが存在し、
これらも 現在 こふき話の写本と見做されて「辻10年本」の如き呼称が 用いられる傾向にあるが、
参考文書とみる方が 無難である。)

これら写本は 大別して、
和歌体と散文体(一般には説話体といわれる)に分けられ、
14年本と 16年本が その代表格とされるが、
これは 便宜的呼称である。
それぞれの 校訂本を求める作業が 試みられている。

こふき話の内容は、
写本を 対照検討すれば 求められるように 考えられ易いが、
それには こふき話そのものの 教理的意義なり、原典との関係なりを 明らかにして、
これに基づいて なされなければならない。

「こふき話」を復元して 文書にまとめる研究は、
14年本(『復元』第14号)
および 16年本(『復元』第15号)について
その試みがなされているが、
まだ 定本はない。

こふき話と こふき については、
中山正善『こふきの研究』があり、
この中に、こふきは「口記」ではないか
ということが 論じられている。

(『天理教事典』~「こふき話の研究」の記述より)

親神の十全の守護の理に配して説きわけられた神名=【「十柱神」の守護の理】詳説

それでは、
深谷忠政先生の『教理研究 元の理 改訂新版』という本に書かれてある、
shin・秋治先生「元の理探訪記」で取り上げられていた「十六年本」記述
=「親神の十全の守護の理に配して説きわけられた神名、即ち、十柱神の守護の理」、
以上を詳説する箇所の文章を 書写します。

「十柱神」

  • くにとこたちのみこと(元の神)
  • をもたりのみこと(元の神)
  • くにさづちのみこと(道具神)
  • 月よみのみこと(道具神)
  • くもよみのみこと(道具神)
  • かしこねのみこと(道具神)
  • たいしよく天のみこと(道具神)
  • をふとのべのみこと(道具神)
  • いざなぎのみこと(雛形神)
  • いざなみのみこと(雛形神)

十六年本に記された「十柱神」の守護の理

くにとこたちのみこと(元の神)

天てんにては 月様つきさまなり。 

男おとこ神がみにして、御お姿すがたは、頭かしら一つ 尾お一筋すじの 大だい竜りゅうなり。 

この世界せかい、国床くにとこを見み定さだめ給たまう。
国くにを見み定さだめ給たまう故ゆえ、くにみさだめのみこと とも申もうす。(空間くうかんの守護しゅご) 

人間にんげんを宿やどし込こみの時ときの「つく息いき」の理りをもって、月様つきさまと申もうす。

月様つきさまが 先さきに立たち給たまう故ゆえ、日ひ月つきと言いわず、月つき日ひという、
また 三十日にちを 一月つきという。 

人間にんげん 身みの内うちにては、眼めうるおいの守護しゅごの神かみなり。
即すなわち、眼めに湿うるおいは この神かみよりの借物かりもの、
又また 水みずは この神かみの守護しゅごにて、この世よの一の神かみなり。 

仏法ぶっぽうにては、釈迦しゃか如来にょらいと現あらわれ、法ほうを授さずけ給たまう。
又また、先さきに出でて 法ほうを説とく理りをもって せんじゆ、、、、(千手)という。 

をもたりのみこと(元の神)

天てんにては 日ひ様さまなり。 

女おんな神がみにして、御姿おすがたは、頭かしら十二、尾お三筋すじの 大蛇だいじゃなり。 

人間にんげんを宿やどし込こみ給たまうた後のちは、日々にちにちに 身みが重おもくなる故ゆえ、をもたりのみことと申もうす。 

又また、日々にちにちに理りを増ます故ゆえ、日輪様にちりんさまとも申もうし、
宿やどし込こみの時ときの「ひく息いき」の理りをもって 日ひ様さまと申もうす。
日ひ様さまの尾おに 三つの剣けんある故ゆえ、
この理りをもって、悪あく気きなる女おんなを じやけん、、、、(蛇剣じゃけん・邪見じゃけん)と 今いまにもいうなり。 

又また 頭かしら十二ある 一つの頭かしらにて、
一月つきずつ 頭かしらかわりて 守護しゅご下くだされ、
日々にちにちに 十二支しの方ほうに 頭かしらを取とり巻まき、
一刻ときずつ 頭かしら代かわりて お照てらし下くださる。
この理りをもって、
一年ねんを 十二月つきと定さだめ、一日にちを 十二刻ときとす。(時間じかんの守護しゅご) 

人間にんげん 身みの内うちにては、温味ぬくみの守護しゅごの神かみなり。
即すなわち 温味ぬくみは この神かみよりの借物かりもの、
又また、火ひは この神かみの守護しゅごにて、この世よの 一の神かみなり。 

仏法ぶっぽうにては、三尊ぞんの弥陀みだ如来にょらい と現あらわれ給たまう。
又また、心こころの澄すんだる理りを以もって、せいし、、、(勢せい至し)といい、
大おおきく見みえる故ゆえ、かんだい、、、、(寛大)ともいう、
かんのん、、、、 というも 同おなじ理りなり。

くにさづちのみこと(道具神) 

天てんには げんすけ、、、、星ぼしなり。 

女おんな神がみにして、御姿おすがたは亀かめなり。
亀かめというものは、皮かわ強つよく、地ち附つきたるもので、踏ふん張ばり強つよく、倒こけぬもの故ゆえ、
女おんなの一の道具どうぐに仕込しこみ給たまう。
女おんなの一の道具どうぐは、亀かめの甲こうの理りをもって、おめこ、、、という。
おなご、、、というも同おなじ理りなり。 

なお、亀かめは 土色つちいろなる故ゆえ、
この理りをもって 亀かめに くにさづちのみこと と神名かみなを授さずけ給たまう。 

人間にんげん 身みの内うちにては、皮かわつなぎの守護しゅごの道具どうぐたる神かみなり。
即すなわち 、つなぎものは残のこらず、この神かみの世話取せわどりなり。 

仏法ぶっぽうにては、普ふ賢けん菩ぼ薩さつ、達磨だるま大師だいし、又また、弁天べんてん、結むすびの神かみ、黄檗おうばくは この神かみの理りなり。 

月よみのみこと(道具神) 

天てんにては、はぐん、、、星せいなり。 

男おとこ神がみにして、御お姿すがたは 鯱しゃちなり、また、鯉しゃちのこせたるものと 同おなじこと。
鯱しゃちというものは、勢いきおい強つよく 変へんにしゃくばるもの故ゆえ、男おとこの一つの道具どうぐに 仕込しこみ給たまう。
男おとこ一の道具どうぐは、この理りをもって せいのこ、、、、(勢せいの子こ)という。

なお、男おとこというものは、宿やどし込こみの時とき、上うえより突つく故ゆえ、
この理りをもって、鯱しゃちに 月よみのみこと と神名かみなを授さずけ給たまう。 

人間にんげん 身みの内うちにては、骨ほねの守護しゅごの道具どうぐなる神かみなり。
即すなわち、骨ほねは この神かみよりの借物かりもの。
この世よのよろづつっぱりものは、残のこらず、この神かみの御世話取おせわどりなり。 

仏法ぶっぽうにては、八幡まん菩薩ぼさつ、聖徳しょうとく太子たいしは、この神かみの理りなり。 

くもよみのみこと(道具神) 

天てんにては、朝あさの明星みょうじょうなり。 

女おんな神がみにして、御姿おすがたは うなぎなり。
うなぎというものは、つるつくもので、頭あたまの方ほうへも 尾おの方ほうへも 出入でいりするもの故ゆえ、
人間にんげんの飲のみ食くい出入でいりの道具どうぐに使つかい給たまい、
この理りをもって、鰻うなぎに くもよみのみこと と神名かみなを授さずけ給たまう。

人間にんげん 身みの内うちにては、飲のみ食くい出入でいりは、この神かみの借物かりもの。
世界せかいでは 水気すいき上あげ下さげは、この神かみの 世話取せわどりなり。 

仏法ぶっぽうにては、文殊もんじゅ菩薩ぼさつ、竜王りゅうおう、神農しんのう、薬師やくし如来にょらい、又また、水神すいじんは、この神かみの理りなり。

かしこねのみこと(道具神) 

天てんにては、坤ひつじさるの方ほうに集あつまる星ほしなり。 

男おとこ神がみにして、御姿おすがたは 鰈かれいなり。
鰈かれいというものは 身み薄うすく、扇あおげば 風かぜを起おこすもの故ゆえ、
人間にんげんの息いきを吹ふき分わけて、言葉ものをいわす道具どうぐに使つかい給たまい、
この理りを以もって、鰈かれいに かしこねのみこと と神名かみなを授さずけ給たまう。 

人間にんげん 身みの内うちにては、息いき吹ふき分わけは、この神かみよりの借物かりもの。

世界せかいでは、風かぜの神かみにて 如何いかなる音ねが出でるも、如何いかな悪あしきを吹ふき払はらうも、この神かみの世話取せわどりなり。 

仏法ぶっぽうにては 大日だいにち如来にょらい、円光えんこう大師だいし(法然ほうねん上人しょうにん)は、この神かみの理りなり。 

たいしよく天のみこと(道具神) 

天てんにては、艮うしとらの方ほうに集あつまる星ほしなり。 

女おんな神がみにして、御姿おすがたは鰒ふぐなり。
鰒ふぐというものは、食くえば よく中あたるもの故ゆえ、
人間にんげんの出産しゅっさんの時とき、母胎ぼたいとの縁えんを切きり、
出で直なおしの時とき、此世このよとの 縁えんを切きる道具どうぐ、
又また、世界せかいでは、剪かみそり、刃物はもの、その他た、よろづ 切きるものの道具どうぐに使つかい給たまう。

このものは、腹はらの大おおきくなるものにて、
人間にんげんも 腹はらが張はれる程ほど 大食たいしょくすれば、持命じみょうがなくなる故ゆえ、
この理りを以もって、鰒ふぐに たいしよく天のみこと と神名かみなを授さずけ給たまう。 

この神かみは、鬼門きもんの神かみにて、
仏法ぶっぽうにては、虚空蔵こくうぞう菩薩ぼさつ、妙見みょうけん菩薩ぼさつ、鬼子きし母神ぼじん、
又また、儒来じゅらい、橋詰はしづめ(姫)、宇治うじ穴多あなた(県)は、皆みな、この神かみの理りなり。

をふとのべのみこと(道具神) 

天てんにては、宵よいの明星みょうじょうなり。 

男おとこ神がみにして、御姿おすがたは黒くろ蛇ぐつななり。
くろぐつな というものは、勢いきおい強つよく引ひいても切きれぬ故ゆえ、
人間にんげん出産しゅっさんの時とき、子こを胎内たいないより引ひき出だす道具どうぐ、
又また、世界せかいでは、立毛りゅうけを地ちより引ひき出だし、その他 た 万よろず引ひき出だすものの道具どうぐに使つかい給たまう。

重おもい物ものを引ひき出だすには、大綱おおづなが要いる故ゆえ、
この理りをもって、黒くろぐつなに、をふとのべのみこと と神名かみなを授さずけ給たまう。
今いまにても くろと、、、(玄人)とは、この理りをもっていう。 

この神かみは百姓ひゃくしょうの神かみにて、
仏法ぶっぽうにては、不動ふどう明王みょうおう、弘法こうぼう大師だいし、役えんの行者ぎょうしゃは、この神かみの理りなり。 

いざなぎのみこと(雛形神) 

天てんにては、牽牛けんぎゅうという七夕星たなばたぼしにて、天あまの川かわを隔へだてて現あらわれ給たまう。 

男おとこ神がみにして、御姿おすがたは岐魚ぎぎょなり。
又また、人魚にんぎょともいう。 

このものは、今いまの人間にんげんの顔かおにて、鱗うろこなく、肌はだも綺麗きれいなるもの。
心こころも真直まっすぐで 正直しょうじきなるもの故ゆえ、この理りをもって、いざなぎのみこと と神名かみなを授さずけ給たまい、これを雛形ひながたとして、人間にんげんの種子たねに使つかい給たまうた。 

この神かみは、人間にんげんの父ちちにて、
その証拠しょうこに、伊勢いせの内宮ないぐう、天照あまてらす皇こう大神宮たいじんぐうは、この神かみの御理おんりなり。 

いざなみのみこと(雛形神) 

天てんにては、織姫おりひめという七夕星たなばたぼしにて、天あまの川かわを隔へだてて 現あらわれ給たまう。 

女おんな神がみにして、御お姿すがたは巳みなり。
又また、白しろ蛇ぐつなともいう。 

このものも、今いまの人間にんげんの顔かおにて、鱗うろこなく、肌はだも綺麗きれいなるもの。
心こころも正直しょうじきなる故ゆえ、この理りをもって、いざなみのみこと と神名かみなを授さずけ給たまい、
これを雛形ひながたとして、人間にんげんの苗代なわしろに使つかい給たまうた。 

この神かみは、人間にんげんの母親ははおやなる神かみにて、
その証拠しょうこは伊勢いせの下宮げぐう、天照あまてらす皇大神宮こうたいじんぐうは、この神かみの理りなり。 

夫々の神、仏と、十柱神とを対比べていられる守護の理。
即ち、神道見立、仏法見立といわれるものを思案した時、
異教の神、仏と、元の神・実の神と仰せられる親神天理王命との関係が明らかとなり、
親神が、旬刻限の到来をまって、だめの教を説かれた所以を、良く納得することが出来よう。

(以上、深谷忠政著『教理研究 元の理 改訂新版』P,133~141より)

「元の理」により明示されたこと~深谷忠政先生による要約

深谷忠政先生は、
『教理研究 元の理 改訂新版』
という著作の最後の方(「十 結語」の章)で、
「元の理を以て如何なることを明示されているか それを要約すれば以下の如くなるであろう」
と書かれて、
“「元の理」によってどのようなことが明らかにされたか”
ということをまとめて下さっています。

後学のために、書写しておきます。

「元の理」により明示されたこと~深谷忠政著『元の理』より

  1. 人間の被創造性
  2. 人生の目的
  3. 人間のたねの問題
  4. 教祖魂のいんねんと天理教立教の予約
  5. 結婚、夫婦、親子の理
  6. 人間創造に於ける、親神の十全の守護
  7. 人間創造の時、場所、順序
  8. 成人の過程
  9. つとめ人衆十人と、一夫一婦の理
  10. 場的なにんげんであること
  11. 旬々の仕込み、異教とだめの教(天理教)との関係
  12. たすけの理話としての元の理
  • 【人間の被創造性】
    人間は、親神によってつくられ、生かされている。
    人間の生きていることは、親神の存在証明である。

  • 【人生の目的】
    それは、この世の中で、神人和楽(親子団欒)の陽気ぐらしをすることである。
    陽気ぐらしはかんろだい四方正面の理、
    即ち、世界中の人間が、親里にかえり、かんろだいを囲んで、四方より拝み合う姿に象徴される。 

  • 【人間のたねの問題】
    人間のたねは、本来平等であり、汚れ亡きものである。
    即ち、如何にいんねん深い人でも、良心を持ち、救われる可能性を有する。 

  • 【教祖魂のいんねんと天理教立教の予約】
    このことは、神格と人格との異質性をも意味するであろう。 

  • 【結婚、夫婦、親子の理】

  • 【人間創造に於ける、親神の十全の守護】
    特に、元の神と、雛形神、道具神との関係と、それ等の一手一つの創造活動、
    即ち、身内かしもの・かりものの理。 

  • 【人間創造の時、場所、順序】
    (時):天保九年十月二十六日より、子数の年限(九億九万九千九百九十九年)以前に宿し込まれた。
    (場所):全ての子数が宿しこまれたのは、元のぢばである。
    (順序):宿し込み後、いざなみのみことは、その場所に三年三月留まり、やがて七十五日かかり、奈良・初瀬七里の間、その他の大和国中、山城・伊賀・河内、残る日本中と順序を追うて産み下ろされた。 

  • 【成人の過程】
    特に、三度産みおろしと、出直し。
    虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ変り。
    その後の人間としての成人。
    従って現在の人間は、前生のいんねんをにのうて居り、その納消が、お道の者の日々のつとめである。 

  • 【つとめ人衆十人と、一夫一婦の理】

  • 【場的なにんげんであること】
    即ち、人間の生活環境(衣食住)は、人間の成人に応じ、親神より不自由なきようにあたえられるものである。 

  • 【旬々の仕込み、異教とだめの教(天理教)との関係】

  • 【たすけの理話としての元の理】
    一言にしていえば、
    元の理は、教祖が、月日のやしろとなられたいんねんとよふづとめの理を了解させようとされる、たすけの理話である。

(以上、深谷忠政著『教理研究 元の理 改訂新版』P,142~145より)

 

 かんろだいと元の理の関連性について~深谷忠政著『元の理』より

深谷忠政先生は、
『教理研究 元の理 改訂新版』という著作の最後の方(「十 結語」の章)で、
上記の「元の理により明示されたことの要約」の記述に続けて、
「かんろだいと元の理の関連性」
についても記述して下さっています。

こちらも、後学のために書写しておきます。

かんろだいの寸法の数字は、元の理に出ている数字と関連があること、即ち、かんろだいは、元の理を象徴するものであることに注意せねばならぬ 

我々が、かんろだいの前に拝をするとき、
元の理がよく納得されていることが大切である。

元の理の理解なくして、かんろだいの前に拝をする時、
それは、ただ御利益を求める、所謂「おがみきとう」ということになるであろう。

元の理を納得した時、
拝をする我々の気持は、単に御利益を求めるということではなく、
現在、かかる姿で生きていることの喜びの感謝、
ということが第一義でなければならぬことに気付くであろう。

信仰の要は、
先ず感謝―捧げる—ということであり、
次には、
自己を反省し、御利益を求めることは最後でなければならない。

(深谷忠政著『教理研究 元の理 改訂新版』P,145~146より)

おわりに

nature view peace

今回は、
一連の「元の理」自己学習の締めくくりとして、
shin・秋治先生「元の理探訪記」動画【文字起こし】から離れて、
深谷忠政著『教理研究 元の理 改訂新版』という本を元にして
「元の理」の勉強を行いました。

前回まで勉強したshin・秋治先生「元の理探訪記」動画では、
~「元の理」の【たすけの理話】としての側面ばかりでなく、
これからは、科学的視点を踏まえた元初まりの話としての側面にも目を向けていくことが必要だ~

ということが強調されていました。

そのお話を聴いて、
素晴らしい、ホントにそうだ!
と深く感じ入るばかりでした。

しかし、このたび深谷忠政先生の『元の理』という本を読んで思ったのは、
私の場合、そもそも、
(shin・秋治先生が言うところの)
これまで強調されてきた「元の理」の【たすけの理話】としての側面
というものを、まだ全然修めてないじゃないか、
ということでした。

そういう問題意識を抱いて、shin・秋治先生の主張
――「元の理」の【たすけの理話】としての側面ばかりに偏らないで、科学的解釈に基づく面にも着目していこう――
という主張を、改めて見直してみますと、
それは、
【たすけの理話】としての「元の理」をしっかり学んだ人へ向けた提言である、
というふうに聞こえなくもありません。

私のように理屈っぽい人間の場合、
shin・秋治先生が主張されるような 科学的視点を踏まえた「元の理」解釈を示されると、
どうしても、そちらの方が上等に思えて、
そちらにばかり飛びついてしまいそうです。

しかし、そうなると今度は、逆に、
shin・秋治先生が
“偏り過ぎると飛躍できない”
と指摘されているところの
「元の理」の【たすけの理話】としての側面、
それがおろそかになってしまう危険性がある、
今回、深谷忠政先生の『元の理』という本を読んで、
そう思うようになりました。

「元の理」の科学的視点を踏まえた側面だけにとどまってしまったら、
それは、逆に、神様が「元の理」を明かされた意図にそぐわない姿のように思います。

なので、
「元の理」を学ぶ上では、
科学的解釈を踏まえた視点と、たすけの理話としての視点、
そのどちらか一方に偏るのでなく、
そのどちらも車の両輪の如くバランスを取りつつ勉強していくことが大切である、
ということを、改めて肝に銘じたいと思います。

特に、私の場合、
前回まで学んだ、
shin・秋治先生による科学的視点を踏まえた「元の理」解釈
それに新鮮味を覚えて、
つい、そちらへ一気に傾斜しかけていました。

なので、
本来なら、それ以前に修めておく必要がありながらこれまで出来ていなかった、
【たすけの理話】としての「元の理」についての学習、
今後は、それについても意識して 努めていく必要がある、
このたび、深谷忠政先生の『元の理』という本を読んで、
そのように思ったのでありました。

『天理教教典』第三章「元の理」全文

「元の理」自己学習を締めくくるにあたって、
最後に、『天理教教典』第三章「元の理」全文を掲げておきたいと思います。

 この世よの元もと初はじまりは、どろ海うみであつた。月つき日ひ親おや神がみは、この混こん沌とんたる様さまを味あじ気けなく思おぼし召めし、人間にんげんを造つくり、その陽気ぐらし、、、、、をするのを見みて、ともに楽たのしもうと思おもいつかれた。

 そこで、どろ海中うみなかを見澄みすまされると、沢山たくさんのどぢよ、、、の中なかに、うを、、とみ、とが混まじつている。夫婦ふうふの雛ひな型がたにしようと、先まずこれを引ひき寄よせ、その一ひとすじ心ごころなるを見澄みすみすました上うえ、最初さいしょに産うみおろす子こ数かずの年限ねんげんが経たったなら、宿やどし込こみのいんねん、、、、ある元もとのやしき、、、に連つれ帰かえり、神かみとして拝はいをさせようと約束やくそくし、承知しょうちをさせて貰もらい受うけられた。

 続つづいて、乾いぬいの方ほうからしやち、、、を、巽たつみの方ほうからかめ、、を呼よび寄よせ、これ又また、承知しょうちをさせて貰もらい受うけ、食たべてその心こゝろ味あじわいを試ためし、その性しょうを見み定さだめて、これ等らを男おとこ一いちの道具どうぐ、及および、骨ほねつっぱりの道具どうぐ、又また、女おんな一いちの道具どうぐ、及および、皮かわつなぎの道具どうぐとし、夫それ々ぞれをうを、、とみ、とに仕込しこみ、男おとこ、女おんなの雛型ひながたと定さだめられた。いざなぎのみこと いざなみのみこと とは、この男おとこ雛ひな型がた・種たね、女おんな雛ひな型がた・苗代なわしろの理りに授さずけられた神かみ名なであり、月よみのみこと くにさづちのみこと とは、夫それ々ぞれ、この道具どうぐの理りに授さずけられた神かみ名なである。

 更さらに、東ひがしの方ほうからうなぎ、、、を、坤ひつじさるの方ほうからかれい、、、を、西にしの方ほうからくろぐつな、、、、、を、艮うしとらの方ほうからふぐ、、を、次々つぎつぎと引ひき寄よせ、これにも又また、承知しょうちをさせて貰もらい受うけ、食たべてその心こゝろ味あじわいを試ためされた。そして夫それ々ぞれ、飲のみ食くい出入でいり、息いき吹ふき分わけ、引ひき出だし、切きる道具どうぐと定さだめ、その理りに、くもよみのみこと かしこねのみこと をふとのべのみこと たいしよく天のみこと との神かみ名なを授けられた。

 かくて、雛型ひながたと道具どうぐが定さだまり、いよいよここに、人間にんげんを創造そうぞうされることとなつた。そこで先まず、親神おやがみは、どろ海うみ中なかのどぢよ、、、を皆みな食たべて、その心こゝろ根ねを味あじわい、これを人間にんげんのたね、、とされた。そして、月様つきさまは、いざなぎのみこと の体内に、日ひ様さまは、いざなみのみこと の体内たいないに入いり込こんで、人間にんげん創造そうぞうの守護しゅごを教おしえ、三日か三夜よさの間あいだに、九億おく九万まん九千九百九十九人にんの子こ数かずを、いざなみのみこと の胎内たいないに宿やどし込こまれた。それから、いざなみのみこと は、その場所ばしょに三年ねん三月つき留とゞまり、やがて、七十五日にちかかつて、子こ数かずのすべてを産うみおろされた。

 最初さいしょに産うみおろされたものは、一様ように五分ぶであつたが、五分ぶ五分ぶと成人せいじんして、九十九年ねん経たつて三寸ずんになつた時とき、皆みな出で直なおしてしまい、父親ちちおやなる いざなぎのみこと も、身みを隠かくされた。しかし、一度ど教おしえられた守護しゅごにより、いざなみのみこと は、更さらに元もとの子こ数かずを宿やどし込こみ、十月とつき経たつて、これを産うみおろされたが、このものも、五分ぶから生うまれ、九十九年ねん経たつて三寸ずん五分ぶまで成人せいじんして、皆みな出で直なおした。そこで又また、三度目どめの宿やどし込こみをなされたが、このものも、五分ぶから生うまれ、九十九年ねん経たつて四寸すんまで成人せいじんした。その時とき、母親ははおやなる いざなみのみこと は、「これまでに成人せいじんすれば、いずれ五尺しゃくの人間にんげんになるであろう」と仰おゝせせられ、につこり笑わろうて身みを隠かくされた。そして、子等こらも、その後あとを慕しとうて残のこらず出で直なおしてしもうた。

 その後のち、人間にんげんは、虫むし、鳥とり、畜類ちくるいなどと、八千はっせん八度やたびの生うまれ更かわりを経へて、又またもや皆みな出で直なおし、最後さいごに、めざる、、、が一匹ぴきだけ残のこつた。この胎はらに、男おとこ五人にん女おんな五人にんの十人にんずつの人間にんげんが宿やどり、五分ぶから生うまれ、五分ぶ五分ぶと成人せいじんして八寸すんになつた時とき、親神おやがみの守護しゅごによつて、どろ海うみの中なかに高低たかひくが出来できかけ、一尺しゃく八寸すんに成人せいじんした時とき、海山うみやまも天地てんちも日月じつげつも、漸ようやく区別くべつ出来できるように、かたまりかけてきた。そして、人間にんげんは、一尺しゃく八寸すんから三尺じゃくになるまでは、一胎はらに男おとこ一人り女おんな一人りの二人りずつ生うまれ、三尺じゃくに成人せいじんした時とき、ものを言いい始はじめ、一胎はらに一人りずつ生うまれるようになつた。次ついで、五尺しゃくになつた時とき、海山うみやまも天地てんちも世界せかいも皆みな出来できて、人間にんげんは陸上りくじょうの生活せいかつをするようになつた。

 この間あいだ、九億おく九万まん年ねんは水中すいちゅうの住居すまい、六千年ねんは智慧ちえの仕込しこみ、三千九百九十九年ねんは文字もじの仕込しこみと仰おゝせられる。

(『天理教教典』第三章 元の理 P,25~29) 

さまよい人にとって、「元の理」は難しい… (-_-;)
まだまだ学習の積み重ねが必要です。

(ただ、「元の理」勉強シリーズは今回で終わります… (^^ゞ )

人生、死ぬまで勉強。
今後も、勉強し続けていきたいと思います。

ではでは、今回はこのへんで。

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